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『人間の自立と家族文化』 (2001年12月3日) ドクター部 於保 哲外 先生 専門は何科ですか?と聞かれたとき、「人間科」と答えるようにしています。現代医学は、人間の一部分である臓器や器官を見て治療する医学が中心ですが、「人間」に焦点を合わせた医学を志してします。人間を見る医学というのは幅広い領域を指すわけですから様々なアプローチが可能なわけですが、今日はその一つとして人間を見るという視点から人間としての自立とは何かということを考えてみたいと思います。最近、このことが治療的に重要と感じています。 しかし、人間としての自立を考えるとき非常に難しい問題がその背景にあります。すなわち、自立は孤立と間違ってとらえられやすいのです。子どもを自立させようと厳しく接した結果、子どもを孤立に追い込んでいく事例は数知れません。自立と孤立の差は要約すれば、安心感の有無といえるのではないでしょうか。心に安心の大地を持っている人は自立しやすいのです。 しかし、今、自立させる子育ては、ひじょうに難しい時代です。不登校・引きこもり・いじめ・青少年の犯罪・・・。 私も、上は浪人生から下は小学校2年生の5人の子持ちで家庭教育の問題は、まさに我が家のことであるわけです。 今、何故、子供を自立させる子育てが難しいかといいますと、急激に社会が変わったからです。これまでも常に変化してきたのが人類社会の歴史なのですが、しかし、現在、起こっている変化は今までの変化とは次元が異なっているようです。 およそ500万年前に人類が誕生したと言われています。猿の時代は森の中で木の上に住んでいたわけです。その後、地球が冷え、森が縮小され猿たちの一群は森の上の生活から、地上すなわちサバンナの生活へと移っていきました。それも何十万年もかけて、群れ単位で森からサバンナへの生活に移行していったようです。サバンナでの生活に適応する過程で、次第に立って歩くようになり、猿人となり、やがて人類へと進化してきました。その変化の過程で同時並行に家族が誕生し、群れが村に変わっていったと思われます。すなわち、人間の誕生と家族の誕生、父親の誕生、村の誕生がほぼ同時におたがいに密接に関連しながら行われたわけです。 昔は、隣近所はみな我が家みたいなものでしたね。私も子供の頃は、家にテレビがなくて、近所の家に、しょっちゅうテレビを見に行った覚えがあります。それも、その頃、「ベンケーシー」という脳外科医のドラマをやっていて、その家の家人が寝てしまっていて、私が最後にテレビを消して家に帰るというようなこともしょっちゅうでした(笑) そんな、隣近所みな我が家みたいな、いわゆる共同体体系は猿の時代から継承されてきたものです。 最近、ある先住民族の研究家の方と対談したのですが、これは勉強になりました。南米の先住民の生活に入り込んで研究されたそうです。狩猟採集生活をしている先住民の彼らは、親は子供を育てないのですね。親が育てなくても、子供をまわりのみんなが育てている。日本でもかつては「親はなくても子は育つ」といわれましたが、まさに、それは共同体があったからなのです。本来、子供を育てるのは親ではなくて、まわりなのです。みなさんも経験があると思いますが、昔の子供達は、自分よりも年上の近所のお姉ちゃんお兄ちゃんを見てそのまねをする中で様々なことを学びながら育ちました。私たちは親には反抗しても、身近な年上の人は尊敬したり憧れたりして彼らをモデルにして育ってきたのです。すなわち、ガキ大将を中心に遊ぶグループの中で様々なしつけや人間教育がなされてきたわけです。これがおそらく猿以来の生育環境だったのではないでしょうか。 今は、それが無くなってしまいました。子どもが育つ畑、土台であるべき共同体を喪失してしまいました。これは同時に誕生した家庭や父親のあり方にも当然ながら影響しています。ここ数十年、父親論や家庭・家族のあり方が盛んに論じられてきたのも当然でしょう。しかし、こういう視点から家族や父親を論じる人は少ないようです。ともあれこのような共同体の喪失が子供の育つ土台の脆弱さをもたらし、さらには自立した生き方の土台を揺らがせているわけです。 さらに、この喪失・変化は急激です。誕生の過程には数十万年を要したのに、現代の変化の過程はせいぜい数十年の間のことなのです。この急激に変化した社会への適応に困難を感じないはずがありません。それが一番端的に現れるのが教育であるのは当然です。現代の青少年の教育問題はこのように根が深い問題をはらんでいるのです。 しかし、現実問題として子どもを育て、しつけ、教育し、その結果、自立した生き方を身につけさせることに猶予はありません。ところが、共同体が無くなっているので、親が子供をしつけることになります。でも、親がしつけようとすると、どうしてもしつけというより、押しつけになってしまうものです。兄貴・姉貴的存在をモデルに育つ場合、子どもは自主的にまねるものです。すなわち、自分で獲得しているという達成感・手応えのようなものを感じるものですから成長することがうれしいことになるのです。ところが親から教えられることだと上から下に押しつけられると感じるものですから、子どもは反発するか、もしくは我慢して親の言いなりになるかしかなくなってしまいます。すなわち、子供は、親から管理される関係になってしまうのです。その結果は、自立とはほど遠い人間に育つしかなくなります。 このように考えてくると自立した健康な子どもを育てるためには、子供が育つ上での新しい安心の大地、土台をどこに求めるかが重要です。現実問題として、それは家庭しかあり得ません。学校でできることは限られています。また、学校はあてにならない。学校関係の方ごめんなさい(笑)学校があてにならなくても、家庭という土台がしっかりしていればそれほど大きな問題はでないのです。そこで土台のしっかりした家庭、健康な家族が求められるわけです。では、現代において、子供の自立を支えうる健康な家族というのはどのような家族なのでしょう? 私は永年の臨床経験から「健康な家族」=「仲間」と考えています。この「仲間」がキーワードです。では、「仲間」とはなんでしょう?私は、子供っぽさの共有と考えています。バカになって、はめをはずせるということです。つりバカ日誌という映画、ご存じですか?会社では、社長とヒラ社員ですが、つり仲間。一緒に釣りに行ったときの様子はちょうど4、5歳の子どもの遣り取りを見ているようです。このような関係を仲間といいます。囲碁や将棋などでも、「今の一手ちょっと待ってくれよ」「いや、待たない」なんて会話のやりとりは、まるで子供同士が「そのお菓子ちょうだい」「いやだ、あげない」などとのやり合っているのとそっくりです。また、飲み仲間、ゴルフ仲間などなど。 では、「仲間」でない関係となると、どうなるでしょう?仲間でないと、「敵」になります。家族の場合、関係が近いわけですから関係のない「他人」にはならないのです。「敵」になってしまいます。ふだんは、敵かどうかは見えにくい場合が多いでしょう。しかし、何か、事が起こるとその関係の本質があらわになります。たとえば子供が不登校になったりすると、夫婦間では「おまえが甘やかすから、こんなになったんだ!」「あなたが、家族をかまわないからこんなことになったんでしょ!」と、いっぺんにケンカが始まり、お互いの本音が出てきます。 いざというときに、責め合うのは「敵」です。いざというときに、助け合うのが「仲間」です。お父さんとお母さんが、「仲間」の関係だと、家庭が「仲間」になりやすいのです。 この仲間の関係を積極的に築いていこうという意味で、私が提唱している「夫婦3点セット」というのがあります。これは子供っぽさを夫婦で共有する練習を普段からしていこうというものです。したがって面白がって楽しんでやるものであってあまり深刻に、真面目くさってやらないことが大事です。 で、「夫婦3点セット」とは @腕くみ 夫婦で腕を組んで、外を歩くことです。そんなことは今さらこの年で〜と言う方も多いでしょう。しかし、これは年齢は関係ないのです。実際、20代前半の夫婦で、「今さら?」と言われていた例もあります。考えてみれば、恋人時代にはできていたことですね。それが結婚してしばらく経つと妙に気恥ずかしくなってしまう。これはどうしてなのでしょう?実は、恋人時代は若者文化の中に住んでいたのです。しかし、結婚してしばらく経つといつのまにか、祖父母の代、父母の代と代々続いてきた家庭文化の中に生きることになっているのです。しかもこれは無意識的に移行しますから気づきにくいのです。したがって、先祖代々仲良く腕が組める雰囲気で育った人は抵抗無く腕組みができますが、家族仲が悪い中で育った人は抵抗が強いのです。すなわち先祖代々続いてきたことですので、ここで変わらなければ、子孫末代続いていきます。その意味で家族革命(命を新しくする)なのです。革命には勇気が必要なのです。 A手つなぎ 家の中で手をつないで、テレビを見ることです。これも、簡単にできる方とできない方がいらっしゃるでしょう。不登校で来院されたあるご夫婦のご主人の方が「先生の言うとおり、なんとか手をつなごうとしました(汗)でも、つなごうとしたら手が震えてました。それでも手をつないだら、お互いじっとり汗ばんでました。」(場内爆笑) 子供は、ふだん見慣れない両親のその姿をチラチラとみていたそうです。でも、子供は、うれしいんです。両親の仲がいいのを見ることは、子供にとって安心なのです。家庭文化に年齢は関係ないんです。 B首に抱きつく。 玄関までご主人の送り迎えをし、そのときに首に抱きついてください。これなどは、とてもできないと思う方が多いかもしれません。そんなとき、お互いアメリカ人同士だと思ったらどうでしょう。あまり知らない同士でも平気で抱き合うではないですか。 以前、30代半ばの女性が来院されました。うつ病がなかなか治らないとのことで私のところに来院されました。聞けば、結婚生活10年くらいで、そのうち7,8年はご主人と口をきいていないそうです。夫婦仲が悪いんですね。ご主人は朝早く出勤し、夜遅く帰宅。仕事だけじゃないんです。ご主人は、家に居場所がない、帰宅拒否症候群の傾向です。奥さんは、うつ病がなかなか治らないので自分を被害者だと思っています。ご主人は、家族が起きている早い時間には帰宅できない被害者です。お互い自分を被害者だと思っています。 こういうのを、「敵同士」の関係というんですね。奥さんは、「私はこんな夫とは早く離婚したいのです。でも、うつ病が治らなければそれもできません。先生、私のうつ病は治るでしょうか?」と尋ねます。「あなたの場合、必ず治りますよ」 そこで私の治療薬「夫婦3点セット」の話をしました。この奥さん入ってきたときはうつ病特有の暗い顔でしたがこの話を聞いているうちに次第に青ざめてきました。緊張のあまり青い顔をして診察室を出た奥さんは、その帰り道で、ご主人の会社へ電話したんですね。時間がたってしまったら、気持ちが萎えてしまい、きっと言われた通りにできないだろうと思い、前もって電話をしたそうです。「あなたが家に帰ってきたら、首に抱きつくことになりました」と。その晩、この奥さんはご主人の帰りを待ちました。しかし、夜中の1時を過ぎても、ご主人は帰ってきませんでした。2時をすぎても帰ってきません。3時をすぎても帰ってきません。「逃げられたかな?」と思った頃に、ご主人が帰ってきました。ドアを開けると、鬼のような恐い形相をしたご主人が立っていました。奥さんは、目をつぶって首に抱きついたそうです。 そのとたん、奥さんは涙が止まらなくなったそうです。ずっと自分で作ってきた殻を勇気を出して破ったことがうれしかったんですね。2,3日後、夫婦で近所に出かける用事があったときに、思い切って腕を組んで 歩いたそうです。そのとき、ご主人は奥さんに言ったそうです「引っ越しをしようか」と。もう一度一からやり直そう、と言ってくれたんですと報告してくれるこの奥さんの顔は初々しいピンク色でした。 これは、実は「6点セット」なんです。 C家族カラオケ大会 これは、けっこうできるご家庭も多いと思います。24歳の女性でしたが、引きこもりでした。聞けば、お母さんも不安神経症で20年来大学病院の精神科に通っていて、その病院に彼女も4年通っているそうですが、全く好転の兆しがなかったんですね。かなり緊張感の高い家庭環境に長い間あったようです。 そこで、家族全員にきてもらい家族関係を変える話を理解してもらいました。 その後、彼女の話によりますと、家族で焼鳥屋へ行ったそうです。家族で食事に出かけることも初めてのことだったのです。そのあと、みんなでカラオケに行ったら、とても楽しくてこんなに楽しいものなら、毎週でもやろうという話になったそうです。その後、家庭内の緊張感の度合いはどんどん薄れて行き病気も回復し、今では元気で働いているとのことです。 D家族あっちむいてほい大会 家族でじゃんけんして、あっちむいてほいをやってください。 23歳の男性でした。聞けば、5年間浪人生活というのですが、実は5年間1度も受験したことがなかったのです。男性が通院をはじめてすぐのころ、彼のお母さんがひとりでやってきました。息子の部屋に診察券があったので、こっそり来たそうです。自分が来たことがわかるとケンカになるから言わないでくれとのことでした。しばらく、その彼とお母さんは別々に通院していましたが、一緒に来るように言いました。一緒に来院したときの様子は、待合い室で一番遠い、端と端に座るくらい仲が悪かったんです。 診察室に入っても、いきなりケンカが始まります。そのくらいの仲の悪さでした。そこで、診察室で二人で「あっちむいてほい」をやってもらいました。それから毎日、家でも「あっちむいてほい」を続けてもらうことにしました。このお母さん、学校の先生だったそうです。その真面目一筋のお母さんが、「先生、あっちむいほいは、奥が深いですね〜。漠然とやってたら勝てません。気合い入れないと〜」とおしゃってました。 その後、彼は変わってきて、初めて受験したんです。それも20校以上も。でも、みんな落ちました。それでも彼は、「今年は勉強してなかったから落ちても仕方ないです」と淡々としていました。しかし、幸い、最後に受けた、夜間の大学が合格したのでそこに進みました。その後、彼は一人で東南アジアを、キチン宿に泊まりながら回ったりするくらいになりました。帰国した彼が、私に見せてくれたのは、東南アジアのある国の新聞の1面に彼の写真入りの記事です。キチン宿でパスポートを盗まれ、警察に届け、警察といっしょに犯人探しをし、犯人を捕まえたときの写真でした。「いい記念ができました」と喜ぶ顔はたくましい限りでした。その後も、ミャンマーで日本人の学校の教師として働いたりするようになりました。お母さんは、「本当に、あの子が病気になってくれてよかったです。そのおかげで我が家がこんなに変わることができました。」とおっしゃっていました。 Eほめあう 家族でお互いをほめてたたえあってください。ほめるのは難しいですが、ほめられるのも難しいものです。1日1人につき30回を目標にほめてください。ほめられても、イヤミにとったりしないで、「ありがとう」とか「うれしい」と素直に受け取ってください。 以上が「家族6点セット」ですが、じつはこのような関係を作る上でさらにその基本となる「自分関係」があります。すなわち自分自身をどう自己評価するかによって周りの人々との関係は変わってきます。 私の著書『ドクターオボのこころの体操』の前書きにも書きましたが、今の自分を大好きになる事からすべてが始まります。 今の自分自身に向かって「大好き」と言ったときに、あなたはどんな気持ちがしますか? 馬鹿馬鹿しいと思った方は、冷ややかに生きていませんか? 恥ずかしいと思った方は、いつも自分を押さえて人に気を使っていませんか? なんか自分を甘やかしているような気がすると思った方は、いつも自分にも他人にも厳しくはないですか? 自分を大好きって言ったときの気持ち、その意識で自分を見、他人を見、その意識で社会と関わっているものです。 現代は何が正しいかわかりづらい時代、価値観が混乱している時代です。だからこそ自分自身に目を向け、自分自身に原点を置き、自分らしく生きることすなわち自立した生き方が求められます。しかし、そのとき問題になるのがこの自分の価値観です。親から嫌われて育った人は、自分を好きと言えません。幼児虐待をするその母親は、みな自分が大嫌いと言います。そこまでいかなくても、行き詰まったり、落ち込んだりして最悪の自分を見て、その自分を大好きと言える人は少ないようです。 ここで、たとえ話で考えてみたいと思います。ここに太郎君という明るくて優秀な子がいたとします。先生は、太郎君が大好きです。しかし、あるとき、太郎君は行き詰まりました。何をやっても自信がなく、やる気もなく、いつもひとりぼっちでクラスの落ちこぼれとなってしまいました。この先生は、そんな太郎君は大嫌いです。自分のクラスに問題児がいるなんて、と邪魔者を見るように冷ややかな態度をとります。太郎君は、ますます萎縮し、心を閉ざしていくでしょう。これでは、いつまでたっても太郎君は元気に戻れるはずはありません。 実は、この全体像は、人の心の構造です。明るく元気な自分(元気な太郎)、落ち込んだ自分(落ち込み太郎)、そして、落ち込む自分を嫌う自分(先生)は全部自分自身のことです。すなわち、自分自身を冷ややかな目で見ていたら、いつまでたっても元気になれるはずはありません。自分を責めていては、立ち直れないのです。では、どうしたら 太郎君は元気になるでしょうか? ここに、もうひとりの別の先生がいます。この先生は、ありのままの太郎君が大好きです。落ち込んでいようと、成績がビリであろうと、なんであろうと太郎君を信じています。そんな先生であれば、太郎君は安心し、心を開き、本来の太郎君の良さが出てくるでしょう。これは道理でしょう。すなわち、落ち込んだり、行き詰まったり、最悪の状態に陥った自分自身を大きな心で、温かい先生の心で包むのです。自分で自分を大好きと言うのです。 じつはここに、「仏と魔」の勝負があるのです。落ち込んだ自分を、冷ややかな目で見る自分。やっかいものなど自分のクラスにいないほうがいいと思う先生。問題児はいないほうがいい、憎たらしいと切り捨てようとする心は、実は、差別の心、すなわち「魔」(第六天魔王)です。どんな最悪の自分でも大好きと温かく包む生命は、「仏」です。「仏」も「魔」も、生命の働きの姿であり、どちらも自分の心の中にあります。仏法は、勝負と言うのは、「仏」と「魔」との勝負です。すなわち、「仏」と「魔」どちらの生命で最悪の自分自身を見ていくかという勝負です。 以前、田中美奈子さんの体験発表がありました。その中で、田中美奈子さんは、一時期売れていたのが、売れなくなって落ち込んでしまった。業界の人々にも、もう、あいつはもうだめだと言われ、ますます落ち込んだ。でも、あるとき、ふと、心に沸いた言葉があった。「100人のうち、99人がだめだと言っても、私は私を信じぬいていこう、すべての人が敵になったとしても私は私の味方になろうと」そしてそれが自分自身の新たな原点となったとのことでした。 これはひじょうに大事なことです。それまでは、売れないから落ち込んだ、人の評価によって自分を見てきた。それが、何があっても自分は自分自身を信じ抜くという自分の土台に、自分自身の大地に立つことができた。その上で、自分を見ることができるようになった。本当の意味で人間として自立した姿です。 自立は、慈悲に通じていきます。池田先生のエッセイの中に「魂の勝利するとき(中略)、悲しみは慈悲の悲となる。」とあります。慈悲とは、悲しみを慈しむ心です。苦しんでいる自分、落ち込んだ自分、絶望している自分をも大きな心で包みこんでいこう。その姿に魂の勝利の姿があるのです。ここに立ったとき悲しみはもはや孤立した悲しみではなく、その悲しみは勇気に変わっていくはずです。苦しみや落ち込みや絶望も喜びに変えていくことができるでありましょう。その生命で自分自身を包める人は、周りの人々を大きな心で包み、暖かいまなざしで見守るでしょう。 もし落ち込んでいる自分を嫌いながら、自分を叱咤しながら、その苦境を乗り越えたとします。その人が同じように落ち込んでいる人を見ると表面的にはかわいそうにと同情するかもしれません。しかし、本音は「この人は自分に負けて弱い人だな、だらしない人だな」となるはずです。すなわち、人を見る目は、自分を見る目なんです。また自分を見る目が人を見る目です。 したがって、最悪の自分自身を大好きとみる事ができる人は最悪の状態に陥っている人を我がことのように慈悲の心で包むことができるでしょう。自分自身を慈悲の心で包み、また家族を包み、周りの人々を大きな心で包んでいく。そういう人々のネットワークを広げていく。これを我々は広宣流布運動と呼ぶわけです。勇気を持って、行動を決めたときに、いろんなことは動きだします。 勇気と慈悲の心を持って、ともに前進していきたいと思います。 |
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