| Re:しっぽりいかれた〜 投稿者:さとる 投稿日:2010/03/10(Wed) 20:15 No.2427 | |
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おれも頼み込んでやってきたぜ〜!まぢで、ケツ穴やばい気持ちいいな!! はじめてだよ、チムポ触られずに発射したのwww http://fuckthejapan.com/ll/3xxkwuk/ |
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| もしかしたらチャンスなの... 投稿者:たかこ 投稿日:2010/02/28(Sun) 16:59 No.2403 | |
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仏教は生まれ変わりがあると説く。
肉体が滅びると地水火風空となりつつも、それらは宿業によって結ばれている。 そして生まれ変わるところは宿業よよって決まっており、宿業をもったまま生まれる。 その宿業は善業もあれば悪業もある。
さあ
はたして、身体障害、知的障害、うつ病、躁鬱病、などの障害や病は悪業のゆえだろうか。
ひとつの考えだが
善業によって悪業を消すチャンスを与えられてこの世に生まれてきた。
という考えもあるのではないだろうか。
人が人として成長するのは大きな壁や大きな病などの経験がおおきい。 また恩師からの指導ゆ影響によって人としての成長があるのではなかろうか。
うつ病には大きく分ければ2つある。
1つは、もうダメだ、限界だ、生きてるのがしんどい、など自分の中に問題をかかえる。 2つは、あの人が悪いから、社会が悪いから、と外に病の原因を追いかける。
1つ目は休息がとても大切だと思う。 2つ目は宗教や道徳を学ばなければ病は良くならないのではなかろうか
いずれにせよ、この世に生まれたのは大きなチャンスといえよう。
休む時はしっかりとやすむ。 けっして自分を責めないし、環境も責めない。
休むことは「無から有を作り出す」ための大切な時間と思う。
人として生まれたことが「最大のチャンス」なりかもしれない。
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| Re: もしかしたらチャンス... 凡人 - 2010/03/02(Tue) 23:47 No.2410 | |
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存在の原理とは陰があれば陽があり、陽があれば陰があるように、互いが存在することでバランスを保っています。
世の中には矛盾することなど何一つとしてありません!全てが存在としての秩序の過程であると説きます。 |
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| 感ずるもの 投稿者:たかこ 投稿日:2010/02/27(Sat) 23:48 No.2400 | |
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不思議と仏教(基本的には法華経)は身を持って感じることができるけど、キリスト教の教えがサッパリ触らない。
ところどころ、うなずくことができるけど、それって道徳、人道じゃないの、って思う。
キリスト教の教会(プロテスタント)や実戦倫理の朝起会に行ったりしてる。聖書や実戦倫理の本も読んでる。
実戦倫理の教えは身を持って感ずるところがある。 なぜキリスト教は感じないのだろうか? 不思議と思う。
私には宿業があり、身体障害になったのも、精神障害になったのも、過去世の因縁による宿業からくるものと思っている。 見えない力に動かされているように感じている。 そして この世に生まれたのも因縁であり、善業を積む機会を、過去世の宿業(善業)によって与えられたものと感じている。
精神疾患によって、音楽療法として始めたフルート。 そのフルートを持って身障施設や老人ホームへ行って演奏した時、聴いてくれた人たちの笑顔が忘れられない。 その時、もしかして、私には何か使命的なものがあると強く感じた。
身体障害に泣き、精神障害に泣き、泣く日がおおい。 その中で知的障害の人たちとの出あいがあり、身体障害や精神障害の苦しみをある程度、理解できるようになった。
もしかしたら、「人として成長した」のかもしれない。
まだ多くの人の助けが無ければ出来ないことが多い。
出来ないと嘆くよりも 出来たことを喜ぶ方が 命が躍動すると感じている。
残された人生 本当の人生は今から始まるのかもしれない。
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| チベット問題 投稿者:vol de nuit 投稿日:2010/02/19(Fri) 22:27 No.2374 | |
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最近、チベットについていろいろ読んだり調べたりする機会がありました。 以前、北朝鮮について書いたことがありましたが、チベットで人民解放軍が行ってきた行状もひどいものがあります。創価学会は日中友好ということで、中国共産党幹部との友好を保ってきましたが、その中でチベットについて言及したことを見聞きしたことがないようにおもえます。 まさか、「チベット仏教は邪教だから、その因果でいまの苦悩がある。」と思っていることはないと思いますが、基本的なメッセージとして「世界のいずこの国であろうと、普遍的価値である人権を侵害することは断固として許されないし、創価学会としては絶対に許容しない。」ということをより強固に主張していく必要があると考えます。 ・・・けど、こんなこというと、雷が落とされるのやろうなぁ。あと福島源次郎の「大牟田発言」と同視されるのやろうなぁ・・「師がかけた金の橋を壊す言説だ!」というて。 |
| Re: チベット問題 ミンチ - 2010/02/19(Fri) 23:03 No.2376 | |
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う〜ん、この場合は学会の意見は無視した方がよろしいかと思いました。
必ずしも創価学会が正しいわけではありません。 本来、創価学会のありよう。創価学会が目指すものとは一つ一つの間違いを直しつつ、より正しい道を模索していく。 ↑と言う事なのだと、私は考えています。 ですから、今現状のままで自分達の間違いをうやむやにする態度がある。 あるいは、その態度を甘んじて受け入れる・・・などは、そんな事は絶対否定するべきだと思います。 それがきっと『甘え』と呼ばれるものなのでしょうし。
ぶっちゃけた話。 こんな話題程度で壊れるような脆い橋だと言うなら、ブチ壊れてしまえばよろしいのです。 池田大作名誉会長が架けた金の橋とは、そのようなものではないはずです。 仮にも世界平和、人類共存、正義の牙城。 それを謳う組織であるからこその創価学会ではないでしょうか?
・・・とまあ、偉そうに私はそう思ったわけですw 失礼致しました。 |
| Re: チベット問題 シリウス - 2010/02/20(Sat) 00:32 No.2377 | |
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9界の命があるのだから、間違いやら迷いはあるでしょう。 九界あっての仏でしょ? ビングウゲセン、センダラだからこそ悩みと苦悩があって、それゆえに大乗教の必要性が見いだせて大聖人様が立ちあがったのでしょ? 一人立つ。。。。 「人間池田大作」 その当時、大聖人様に着目できる世界中の目があったとしたら 「人間日蓮」という書籍が出来たかもしれませんね。 大聖人様が、裕福な家庭に育っていたら、九界をそうとらえたのだろうね?
レス書いていてずれを感じますが、言えることがある。 戸田先生の言葉に 「医者で治せないものを、南無妙法蓮華経で治す」(あいまいです) よく聞く言葉がある。 「万策尽きて、やっと題目を挙げだす。最初っから題目あげればよかった」 日々題目を習慣的に上げているけれど、自分の今の知恵使っても解決できないからもっと知恵を出したい?枯れることのない泉からくみ出すのが仏の知恵で無いのかな? 最初っから、全部御本尊に祈って解決しようとするのって、他力本願でおすがり宗教なんじゃないかな?す疑問に思う? 凡夫?人間なら間違いがあって当然で、間違いを間違いと認めるところから成長があるはずで、組織ってその人間凡夫の集まりなのだから、間違って当然で間違いだったと認識できるところから、一人ひとりが間違いを認め、認めて敗北宣言できるところ?負けと認める勇気?が人間的に成長につながり、発展できる鍵だと思う。 そう考えると、負けを認められる勇気って勝者の発想で器が大きいとも感じる。 自分の人生は自分が一番知っていることで(悲しいほどに自分にうそつきな人もいる)臨終の時に決算されるのだろう?その時って自分の意志でドタキャンもできない時になって、一度に後悔して反省するんだろうな。 私自信願って、今までの人生の決算は済んでしまったwので臨終いつでもOK(悩みがあるからまだお迎え来ない)
vol de nuit さんが心配すること、私の心にも痛さを感じます。モンポウゲシュで一人一人に種を植えて行く芽が出ないうちは、孤独な作業でもどかしさを感じますね。 |
| Re: チベット問題 Jonathan - 2010/02/20(Sat) 22:14 No.2381 | |
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自由に書くのは良いですが、ちゃんと質問者意図を汲んでレスしてますか? これにレスするには、先日、オバマ大統領がダライラマと会ったニュースなど見ていますか? それで中国政府の反応が、どれだけ苛烈だったか知っていますか? ダライラマと会ってチベット問題に手助けしていくなら、今の学会の中国政府ベッタリ型の広宣流布構想を捨てる覚悟、民間外交だけでも、とことん中国とつき会う覚悟が必要です。 じかし、現実の問題としては、国家が、布教を許さない限り、広宣流布は、出来ないので学会としては現実路線を選択してきました。この問題は、自分の立場を見直すだけではなく、相手のあり方もしっかり見て、考えて行かないといけない問題なんですよ。
それから、シリウスさんへ、関係のないレスはしないようにお願いします。ここは問題を絞って議論していく掲示板です。また、敬語で話すのが掲示板のマナーです。 私は、底の浅〜い学会礼賛が聞き飽きたなら、同じく底の浅〜い学会批判も聞き飽きました。 |
| Re: チベット問題 ミンチ - 2010/02/21(Sun) 02:02 No.2382 | |
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再びミンチです。こんにちは^^ vol de muitさん。 まずは先に書き込んだ文章について、お詫び申し上げなければなりません。 あれは、少々配慮に欠けたもので御座いました。
私は創価学会と距離をとる立場にあります。つまりは、無責任な人間です。 対してvol de nuitさんはバリバリの創価学会員。責任のある立場におられます。 組織にあっては様々な人間関係がある事だと思います。 言うべき事や言わなければならない事があるように、言葉を控えなければならない場合もあったでしょう。 自分の正義と学会の正義が異なる事で、大いに悩まれる事もあったと思います。 そんな中でも、なお創価学会の中にあって努力を重ねていく労苦は言葉にできるものではなかった事でしょう。 それらの一切に考え至らなかった非才な私を、どうか許して下さい。 ・・・何という無責任な発言を私はしてしまったのでしょうね。
vol de nuitさん。 私はヘッポコ人間です。何ができるわけでもありません。 この場所で話をする事以外に何もできない輩で御座います。 ですから、どうか無理はだけはなさらない様にして下さい。 無理なんかしてない・・・とお考えになられているかもしれません。 ですが、自分が納得できないものに従うのは実に大きなストレスが伴うものです。 こうして悩まれる事だけでも、結構なものだとお察し致します。
頑張る事はまったく美徳だと思いますが、頑張り過ぎる事は問題です。 過ぎたるは、及ばざるが如し・・・だったかな。
そう言うものだと、私は思った次第で御座います^^ |
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ミンチさん、こんにちわ。
ミンチさんの最初の投稿、ミンチさんの本音として聞かせていただきました。一つの見識として当然ありうるものだと思いますし、それについてお詫びすることはないと思います。どうか気を落とさずに堂々と発言してください☆
そうなんです、学会の現場では矛盾をこころに貯めこんでる方たちが結構います。この間は、ぼくの上位幹部の方から疑問を打ち明けられたこともあり、びっくりしました。会合でシャウトするような人がこんなこと考えてるのやぁ・・・と思いながら、聞いたことでした。
問題は、学会のスタンスの矛盾の問題もさることながら、ここで発言してるようなことが学会組織のなかででてこないことじゃないのか・・ということだと思います。座談会や家庭訪問や、そういう一番の現場で忌憚なく話すことができ、同じような問題意識を持つ人たちが研究していけば、おのずと納得のいく答えは出てくるだろうし、またそうでなくてはおかしいと考えます。なにせ、これだけの人が創価学会にはおるんですもん。 それが出てこないということは、なにかがおかしい・・そう思えます。
ぼくもヘッポコ人間ですよぉ。バリバリなんてとんでもないです><。「臆病者は去れ!」なんていわれたら、「はい、わかりました。私は臆病者の筆頭です!!」なんていって、われ先に去ってしまう口です・爆。創価班の指導なんか聞いてると、怖くなってついつい思うんです。「男子部の家庭訪問してて、信心大反対の猟友会に入ってるご家族にライフル向けられて、『命をとるか、信心をとるか』といわれて、果たして『信心』といえるのか?」って。
ヘッポコな自分を大事にし、それでいて度胸も力もある人間に成長していけたらいいなぁ・・と思ってます。 |
| Re: チベット問題 たかこ - 2010/02/24(Wed) 21:59 No.2393 | |
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宗教と政治は区別してお付き合いするのが良いと思います。
例えば、友達がキリスト教で共産党の党員だったとします。 でも、親友としてお付き合いすることはできると思います。
創価学会がチベット問題にふれなくても良いと思います。
人と人とのお付き合い、大きくすれば、国と国とのお付き合い。 お互いを否定しないでお付き合いできたらいいと思います。 |
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| 「地涌の菩薩の絆」をよろ... 投稿者:創太郎 投稿日:2010/02/18(Thu) 14:33 No.2369 | |
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私は東京の男子部です。 ホームページ「地涌の菩薩の絆」に遊びに来てください。 http://www1.odn.ne.jp/aao35040
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| Re: 「地涌の菩薩の絆」を... シリウス - 2010/02/18(Thu) 21:57 No.2371 | |
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危うく消すところだったw ごめんなさいね<(_ _)> 今度、休日などの暇な時にお邪魔させてもらいますね。 時間ないないの、副管理人で申し訳ない。。。。 ついでに、教学の基礎も危ないので今、勉強中の身であります。 創太郎さんのHP、著とだけ覗かしてもらいましたが、良い感じですね♪ |
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