[1897] 医療制度改革関連法案と介護難民 投稿者:Jonathan 投稿日:2006/02/27(Mon) 17:44:47

 政治関連がくだらないニュースで埋め尽くされてる間に、小泉やりたい放題内閣は、またも弱者切捨て法案を通そうとしてる。

http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20060227ik06.htm

 毎年一兆円規模で膨れ上がる医療費の対策はたしかに必要だが、財政削減の方法は他にいくらでもある。
 所詮は「改革」という名目は、「弱者切捨て」と、貧富の二極化を生むものでしかない。
 この法案によって大量の「介護難民」がでてしまえば、障害者「孤立」支援法に続いて、行き場の無い人々の自殺数は激増して行くだろうし、異常なニュースはどんどん増えていくだろう。


[1897へのレス] Re:無慈悲な為政者に「否!」 投稿者:代 宗俊 投稿日:2006/03/10(Fri) 22:37:47

>Master Jonathan
Master Jonathan紹介の記事を読みました。

>>患者の自己負担を増やしても期待した効果が得られ
>>なかったため、今回は、長期療養患者のための療養病床の
>>削減を打ち出した。
>>社会的入院を余儀なくされていた高齢者はどうなるのか。

私も、Master Jonathanと同じく義憤を感じます。

創意工夫をすれば、医療保険料の安易な引き上げに頼らなくても、医療費の抑制が出来ます。

1、特許期間の切れた新薬と同等の効果・効能で、安価に提供されるジェネリック(後発)医薬品の活用。

2、集団検診の拡充などの予防医学の活用。

3、学校ぐるみ、地域ぐるみ、職場単位でのスポーツを利用した筋力訓練や、心肺機能訓練等、。

4、学校ぐるみ、地域ぐるみ、職場単位でのうがいや手洗いなどの公衆衛生教育等の普及等。

素人の私でも、これくらいのことは、思いつきます。

無慈悲な小泉という為政者や厚生労働省の担当者などに対して「否!」の声をあげて行きます。


[1897へのレス] Re: 医療制度改革関連法案と介護難民 投稿者:ジョルジュ・ロッカのファン 投稿日:2006/03/11(Sat) 01:24:44

ほんとですね。ひどいよね。
僕らの医療費、もたないですよ。


[1895] サマワでまたロケット弾 負傷者なし 投稿者:マウス 投稿日:2006/02/26(Sun) 00:17:27

【サマワ24日共同】陸上自衛隊が駐留するイラク南部サマワの警察当局者によると、同市中心部のムサンナ州政府庁舎近くの民家に24日夜、ロケット弾1発が着弾した。負傷者はなかった。

 イラク中部サマラでイスラム教シーア派の聖廟(せいびょう)が爆破されて以降、シーア派住民がほとんどのサマワでも連日大規模な抗議デモが続き、一部で政府や外国軍に反発する機運が高まっている。

 23日夜にも州政府庁舎近くにロケット弾が着弾、24日未明には英軍などの宿営地近くに迫撃弾が撃ち込まれた。

サマワでは、危険な状態になりつつありますね。
早く自衛隊の撤退をすべきだと思います。もし、犠牲者が出ればこれを突破口として「9条改正」に向けて加速しかねませんね。


http://topics.kyodo.co.jp/feature01/archives/2006/02/post_900.html


[1889] スポーツは文化 投稿者:代 宗俊 投稿日:2006/02/19(Sun) 12:12:29

 がんばっている代表選手たちに声援を送り続けていますが、現時点では、トリノ大会でメダル獲得0個になる可能性が出てきました。

 残念ですが、日本代表選手を送り出した各競技の団体・連盟組織が、選手の育成にあったて長期的・全体的展望に立った準備・計画・運用の方法(strategy)を失敗した結果でしょう。

 しかし、今はマイナーな競技であっても未来に希望が持てるスポーツ競技もあり声援を送り続けています。また、競技を終えてメダルに届かなくてもこの4年間をオリンピックのために全力で努力してきた選手たちを称えます。

 そして、教育としての体育ではなく、スポーツそれ自体を、いつでもだれでも楽しめるという環境を整えることの必要性を改めて強く感じた次第です。やはり「スポーツは文化」だと思います。


[1889へのレス] Re: スポーツは文化 投稿者:ブラン(Bran) 投稿日:2006/02/20(Mon) 13:24:47

代さんの意見に同感です。

わたしは今回いくつかの競技について、時間のゆるすかぎり中継をみるようにしています。
ニュースやワイドショーといった「フィルター」のかかった(ほとんど結果しかつたえない)報道によらず、なるべくオリンピック「そのもの」をみてみたかったのです。
競技にもよるでしょうが、とてもハラハラさせられ、なにより楽しく見させてもらっています。

そうして感じたのは、「メダルでさわぐのは、ばからしい」ということでした。
結果がでるまでの選手たちの懸命なプレーを目にして、スポーツの関係者でないわたしがメダルを云々するのは、おこがましくおもわれるのです。
なによりオリンピックにでるほとんどの選手は、メダルも入賞もなく本国へかえっていくのですから。

わたしは2年前のアテネ五輪をほとんどみませんでした。
メダルラッシュとなった一方で、「勝ち組・負け組」論理を背景にしたメディア報道がちらついたからです。
「自分よりはるか年下の人たちが結果をだしているのに、自分はなんと情けないのだ」との思いがつよくなり、うつがひどくなり、じきテレビをつけなくなりました。

プロスポーツでは結果がすべてですが、これをオリンピックに同様にあてはめていいものかどうか、わたしは疑問におもっています。
オリンピックが国威発揚の手段になり、すっかりビジネス化してしまった今、わたしたちはメダル云々よりも
「なんのためのオリンピックなのか」
「なんのためにスポーツをするのか」
を自問してもいいのではないか、とおもっています。


[1889へのレス] Re:オリンピックの意義 投稿者:代 宗俊 投稿日:2006/02/21(Tue) 21:41:11

>ブランさん
 こんにちは(^-^)そしてレスをありがとうございます<(__)>オリンピックの意義を、私なりに考えてみました。

 近代オリンピックの創設に尽力したピエール・ド・クーベルタン氏の「オリンピックは、参加することに意義がある」が有名です。もともとはペンシルバニアの司教だったエチュルバート・タルボット師が1908年のロンドン・オリンピック大会の時に語ったと言われている「オリンピックにおいて重要なのは勝利することよりむしろ参加したことであろう」という言葉に感銘を受けたクーベルタン氏が演説の中でタルボット師の言葉を引用したのです。

 オリンピック代表として競技に参加し全力をつくす事に意義があるのでしょう。

 1993年度の作品ですが「オリンピックは、参加することに意義がある」をコメディー風ですが見事に描いた映画として「クール・ランニング」がありました。1988年のカルガリー冬季オリンピック大会を舞台に実際に活躍した「黒い稲妻(いなずま)」と呼ばれたジャマイカ代表ボブスレーチームをモデルにして居ました。

☆「クール・ランニング」のあらすじ
 舞台は1988年のジャマイカです。オリンピック・ソウル大会の出場を目標としてきた陸上の短距離選手デリス(レオン)は、代表選考会で隣の選手の転倒に運悪く巻き込まれて敗退します。彼は抗議に行った選考委員長の部屋で、同じくジャマイカを代表する優秀な陸上選手だったデリスの今は亡き父親と白人男性とのツーショット写真を見つけます。選考委員長に聞くとその男性は元ボブスレー選手の金メダリストで、今はジャマイカに住んでいると言うのです。

 何としてもオリンピックに出たいデリスは「ソウルがだめでも冬季大会のカルガリーがあるさ!」とボブスレーが何たるかも知らぬまま、脳天気な親友サンカ(ダグ・E・ダグ)を仲間に引きずり込み、その元ボブスレーの金メダリストのアーブ(ジョン・キャンディ)にコーチを頼みに行きます。

 アーブは、ソリに錘(おもり)を乗せて制限重量オーバーという不正行為が発覚して金メダルを剥奪された過去があり、ジャマイカに隠棲していたのでした。アーブは、一端は断りますが、彼らの熱意に根負けして引き受けます。代表選考会で転倒した張本人のジュニア(ラウル・D・ルイス)と、デリス同様にとばっちりを食ったユル・ブリナー(マリク・ヨバ)もメンバーに加わり、猛特訓が開始されます。寒さに慣れるため、アイスクリームの保冷庫に長時間に入ったり、スピード感をつける為に、3人乗りのこま付きの乗り物を使って丘の上から転がったり涙ぐましい努力です。

 経験も資金も周囲の理解もない彼らでしたが、何とかチームは整い、一路オリンピックの開催地であるカナダのカルガリーへ向かいます。しかし、一昔前の中古のソリで練習する彼らは、世界の強豪チームの笑い者となります。おまけにオリンピック村のパブで強豪チームの選手たちとケンカをしたり、仲間同士で衝突したりと、コンディションは最悪でした。それでも、「ここまできたらジャマイカ流のボブスレーをやろうっ!」、と一念発起し、彼らはうって変わった好成績で予選を通過します。

 いよいよ決勝戦の当日、理解の輪も広がり、アメリカ3大ネット局のキャスターやボブスレー解説者たちもジャマイカ代表デリスたちに声援を送ってくれます。しかも、デリスたちに資金援助をするためのTシャツを着て「がんばれっ!黒い稲妻っ!」と・・・実況中継の最中に叫んでくれたのです。

 しかし・・・快調に走る彼らはゴール目前で中古のソリが破損し転倒します。だが、ソリを担いで歩いて誇らしげにゴールに向かう彼らを、満場の温かい拍手が包ます。

 優等生とはとても思えないデリスたちでしたが、その明るさとひたむきさに圧倒されました。やはり、見終わってあたたかいものが胸にこみあげてくる作品と言えます。そして、見る人によっては、オリンピックのよさを感じることが出来るかもしれません。


[1889へのレス] 私も同じ意見です 投稿者:페양(ペヤング) 投稿日:2006/02/22(Wed) 18:57:40

代さん、((( *~∇~)爻(~∇~* ))) オヒサです。

私も「クールランニング」観ました。
大笑いしながら、ラストシーンで感動して涙したことを憶えています(*^^*)

本来、オリンピック精神とは「参加することに意義がある」はずでしたが、いつの間にか「メダル至上主義」になってしまいましたね(ーー;

これはマスコミに責任があるように思います。しかしついついマスコミに踊らされてメダルを期待してしまう自分が情けないです(;^_^A アセアセ

文化と言えば、昨今の「韓流ブーム」の火付け役は、「サッカーワールドカップ日韓共催」でしたね。

大事な事は、スポーツを通じて文化交流を深める事だと思います。


[1889へのレス] Re:スポーツは相互理解の掛け橋に 投稿者:代 宗俊 投稿日:2006/02/22(Wed) 23:28:10

>ぺヤングさん
お久しぶりです(^-^)そしてレスをありがとうございます<(__)>

 私自身、国別メダル競争が嫌いになったのは、1992年のアルベールビル大会の時からでした。フィギュアスケート・女子シングルで銀メダルを得た伊藤みどり選手が、記者会見の席で「銀ですみません」と恐縮しながら発言させました。やはり、ぺヤングさんのおっしゃるとおりです。マスコミの責任は重大だと思います。今回のトリノでも、試合前の安藤美姫選手に、亡き父親のことを質問した無神経な記者が居て彼女を号泣させたのです。ただでさえ試合前の選手たちは、神経質になっているのに。

 韓国で思い出したのですが、ワールドカップ・フランス大会の予選の時(1997.10)、ソウルで行なわれた韓国VS日本戦で、日本が勝ちました。試合終了時、韓国人サポーターたちから、日本を称えるエールがあり、そして「一緒にフランスに行こう!」と呼びかけてきたのです。その時、「スポーツは相互理解の掛け橋になるよっ!良いなっ!」と心から思いました。そして、4年後、ワールドカップ日韓共催大会がありました。

 やはり、日本代表チームは、相互理解の輪を広げるという大きな役割を果たしてくれました。また、日本人サポーターたちのマナーのよさは、世界で評価されています。日本のへぼ外交官より大きな役割を果たしているとおもいます(^-^)


[1889へのレス] オリンピックの原点に返れ 投稿者:페양(ペヤング) 投稿日:2006/02/23(Thu) 03:41:54

恐縮ですm(__)m>代さん

たまたま夜中に中途覚醒したので、いまBSでオリンピックを観てます。

種目はスキー女子回転です。
韓国や中国、はたまたインドからも参加選手が居ます。
彼らはメダルとはほとんど無縁ですが、私はここにこそ、オリンピック精神があると思います。

シドニー五輪の水泳(100メートル自由形)で、アフリカの黒人選手が、独りで必死で溺れかけながらも100メートルを泳ぎきり、一躍有名になりました(*^^*)
私は感動しました。

やはりオリンピックは「参加することに意義があるんだ」と確信しました。

また今回、女子カーリングで、日本チームは、メダルは取れなかったけれど、小野寺選手のスーパーショットが次々と決まり、強豪カナダやイギリスに勝ちました。私はすっかりカーリングにはまりました(;^_^A アセアセ

五輪選手たちは、競技の普及に活躍してるんだと思いました。


[1889へのレス] 追伸候 投稿者:페양(ペヤング) 投稿日:2006/02/23(Thu) 04:24:18

オリンピックで思い出したのですが、

かつて、東京オリンピック・マラソンで銅メダルを取り、ヒーローになった故円谷(つぶらや)選手が、メキシコ五輪前に、国民の重圧に押しつぶされて自殺したと言う、悲劇がありました。

こんな悲劇を二度と起こさないためにも、マスコミは選手にプレッシャーを与えてはいけないと思います。ナショナリズムは危険です。


[1889へのレス] カーリングはおもしろい! 投稿者:ブラン(Bran) 投稿日:2006/02/23(Thu) 12:32:53

>代さん、

詳細なるご返信をありがとうございます。
「試合前の安藤美姫選手に、亡き父親のことを質問した無神経な記者が居て彼女を号泣させた。」
ことは、後になってしりました。
「画になる」(=視聴率がとれる、部数があがる)ものがほしいと、マスコミはなんでもやります。
とりわけIOCにはらう放送権料の高騰もあってか、テレビ局は視聴率をあげる(=CM料を高く設定して収支をあわせる)ために「なんでもする」ものになったようです。


>ペヤングさん、
わたしもカーリングにすっかりはまってしまいました(笑)。
予選第一試合を何気なくみて以来、「これはおもしろい!」と最後の試合まで全部みました。
3時間前後の生中継も、早朝の試合中継もいっこう苦になりませんでした。
彼女たちのプレーをみていて、
「オリンピックは結果だけみて判断するのはバカらしい。
実際にプレーをみてみなければ、本当のおもしろさ・すごさはわからないのだ」
と反省しました。
彼女たちには心から「ありがとう」といいたいです。


[1889へのレス] スポーツも文化 投稿者:風来坊 投稿日:2006/02/23(Thu) 15:45:47

メダル至上主義になって、オーバーヒートしてしまう事は避けて欲しいなと、子供がスポーツをしている親としても思うところです。

又、一方では、選手としては、上を上をと目指していくことには、違和感は覚えない、なんて、矛盾的なことも思いつつ。

さて、私の住む町からも、今回久々のオリンピック出場選手がいて、目立たないながらも、彼女の、出場後のコメントと爽やかな笑顔に注目していました。
彼女は、「この大きな舞台に出れて良かった〜!」と言われていました。
三位までに入れなければ、メダルはもらえないですが、世界で20位以内、10位以内、一桁って、ものすごい事やな〜〜。うちの子は、県内で、何十位やのに〜、とか思って関心してしまいます。

さてさて、オリンピックと言えば、賛否両論ある舞台でもありますね。
やはり、皆さんが言われるように、「ナショナリズム」を生みやすいという負の側面と、オリンピックを通じて他国の人々が交流できるというプラスの側面と。
世界選手権でも交流は可能でも、一般のファンの人などがあまり注目をしないとなれば、4年に一回のオリンピックもそれなりに意味もあるのかも知れないしと、応援もしたくもなりますね。
やはり、勝っても負けても、国と国、国旗と国旗を持って、争いにならないようにと気をつける事は、大切なことでしょうね。


[1889へのレス] 荒川選手(/@^。)/お☆め☆で☆と☆う\(。^@\) 投稿者:페양(ペヤング) 投稿日:2006/02/25(Sat) 03:00:44

2月24日朝、歴史に残る快挙が起こりました。
なんと荒川静香選手が金メダルを取ったのです(@_@)

今回の五輪は、メダルをあきらめていたので、冷ややかに見ていました。そんな中、荒川選手がやってくれました\(^o^)/

メダルを期待すぃなくても、やっぱり金メダルとなると勇気と感動を頂きました。

荒川選手、改めで(/@^。)/お☆め☆で☆と☆う\(。^@\)


[1889へのレス] なぜかうつが… 投稿者:ブラン(Bran) 投稿日:2006/02/25(Sat) 13:29:13

彼女が最高の成績・成果をあげたことは、本来よろこぶべきことなのでしょう。
世界に実証をしめしたことはすごいことであり、金メダルはそれまでの人知れない努力への最高の「ごほうび」といえるでしょう。

ただわたしは、このことが学会の「成果主義」「結果第一主義」の流れに利用されないか、と懸念しています。
「結果をだせない者がガタガタいうな」という組織に生きてきた者としては、こうしたことでさえ素直によろこべず、昨日からうつがひどくなっているのです。
「やはり学会をやめたほうがいいのか」と思いつめています。


[1889へのレス] Re:荒川静香さんの金メダルは、無欲の勝利 投稿者:代 宗俊 投稿日:2006/02/25(Sat) 20:23:50

 荒川静香さんの有終の美は、無欲の勝利、そして清浄の美でした。マスコミは銀盤の女王と表現していますが、私は銀盤の天女と思いました。そして銀盤で繰り広げられる天女の舞に、観客は総立ち状態でした。

 今ふり返って見ると、試合後、荒川静香さんの記者会見では「私を支え続けていただいた全ての方々の金メダルです」という発言がありました。振り付け担当コーチ、日程の調整などマネージメント担当コーチなど多くの人々が影で力を合わせていたそうです。

荒川静香さんの言葉を続けます。
「オリンピック・メダルがどういうものか、取ったことがないので得る為のプレッシャーはありませんでした」と。

 つまり・・・世界チャンピオンで、この2年間に各地の国際大会でほぼ負け無し(唯一の2位は浅田真央選手が優勝したグランプリファイナルのみ)のスルツカヤ選手。ショートプログラムとフリープログラム、パーソナルベストでふたつの世界記録を持つコーエン選手。この2人は、金メダルだけを狙っていただろうし、金メダル以外のメダルは敗北を意味していたのでしょう。

 それに対して、日本の荒川静香は、去年の世界選手権では、9位でした。今シーズンのグランプリシリーズでも振るわず、浅田真央選手に連敗しています。本人も金メダルどころかメダル獲得さえ視野に入れていなかったそうです。

 また、日本の他の2選手と比べても、荒川静香は勝利へのこだわりが薄かったようです。勝負よりも自分自身の表現にこだわるといいつつも、やはりいつかは世界のトップに立つことを願い、ひたむきな努力を続けてきた村主章枝選手。4回転ジャンパーとして注目を浴びた当時から、トリノでは金メダルを獲りたいと無邪気に語っていた安藤美姫選手。マスコミの注目も、ソルトレークシティ当時は村主章枝に集中し、今回のトリノでは、4回転ジャンプを跳んだ安藤美姫に集中していました。一方の荒川静香選手は、マイウェイを淡々と歩くだけでした。

 結局のところ、スルツカヤ選手よりも、コーエン選手よりも、村主章枝選手よりも、安藤美姫選手よりも、メダルを欲しがらなかった荒川静香選手に、天は栄冠を与えました。

 ど素人の私が言い過ぎだと思うのですが、金を狙っていたスノーボードのハーフパイプ競技の選手たちは、「井の中の蛙」でした。彼らは、トリノ大会の直前のワールドカップで好成績を収めたのですが、実は、有力選手たちが、その時期、北米で行われていた賞金付き大会に出ていただけで留守に好成績を収めることが出来ただけでした。

 トリノ大会では、その有力選手たちの美技に試合中、圧倒され、気おくれしてミスを重ね、大敗し泣き崩れていた日本代表選手の写真を見ながら、彼らの監督やコーチたち、そして、日本スノーボード協会の役員たちが、指導力も分析力も計画性も無いことが解って呆れていました。

>ブランさん
荒川静香さんの無欲の勝利が
☆「成果主義」「結果第一主義」の流れに利用されないか
 という点ですが、まず無いでしょう。上記に私なりの分析を書いてみましたが、荒川静香さんの金メダルは、「成果主義」「結果第一主義」とは、無縁です。

 ただ、金メダルを狙っていたハーフパイプの選手たちが、何かの間違いで金メダルを取っていたら、程度の低い分析力のない「井の中の蛙」たちが「成果主義」「結果第一主義」を唱えて騒いだかも知れません。でも、世界の一流選手たちによって完膚なきまでに、「井の中の蛙」たちは打ちのめされました。計画性のない出たとこ勝負の「成果主義」「結果第一主義」の競技団体や連盟には、崩壊しかないことを思い知らされたと思います。一方、着実な競技団体や連盟は、次のバンクーバーを目指して始動しています。

☆「結果をだせない者がガタガタいうな」という組織に生きてきた者
 と言われてきたのでしたら、そのような発言をするものたちは、日蓮大聖人、三代の先生方の思想に反しています。

涅槃経に云く「一切衆生異の苦を受くるは悉く是如来一人の苦なり」等云云、日蓮云く一切衆生の同一苦は悉く是日蓮一人の苦と申すべし。P587

 この御文を知らないのか?目の前に苦しんでいる私をみて、勝ち誇ることしか出来ないのなら、「あなたは畜生界の命に落ちています」と言い切って下さい。


[1881] 生命尊厳の日蓮仏法を教えてくれた学会に感謝 投稿者:風来坊 投稿日:2006/02/16(Thu) 12:46:16

長いタイトルで失礼しました。

本日、日蓮大聖人様の生誕日。二月十六日。
「貧愚下賎のものと生まれ」と書かれた大聖人。恐らく、当時の聖職者や政治を掌る人々や周囲の人たちは、その偉大さも真剣さもピンとはこなかったのではないかと想像します。
鎌倉時代のわずかな門下の方たちだけが、純粋に、指導を受け、感動の日々を過ごし、激動の時代を変えるべく、又生活の糧としていかれたに違いないと思うものです。

末法、今の時、人間の生命の内に「仏界」という優れたものが存在する事を説かれ、闇の中においても、菩薩道としての振る舞いが万人において可能だと述べ、自ら果敢に行動をされた姿を思い、感無量です。
七百幾十年が過ぎて、尚一層の輝きを放ちながら、世界中の現実の中に活きている。

太陽の仏法は、この地球上においても、如何なる宗教界をも繋いでいけるものと確信します。
それを教えてくれた、創価の思想にも、又、感謝の気持ちを忘れません。


[1866] マホメットの漫画事件に思う 投稿者:vol de nuit 投稿日:2006/02/10(Fri) 21:51:26

マホメットの漫画に対する欧米と中東のやりとりをみてると、信仰者としてやりきれない思いがします。
たしかに、イスラム教徒の反応は過剰なものがあるかもしれません。しかし、なが〜い歴史を見れば、キリスト教・欧米の方が、その点では残虐で狡猾な気がします。
人権の歴史はこの300年くらいだし、西欧内部では人を広場で磔にして焼き殺したりギロチンで首を切ったり、外では植民地で暴虐の限りを尽くし、いまの「国際社会」をつくった。意に沿わない外国の政府を、適当な理由をつけて転覆することに、なんの良心の呵責も感じない。欧米・キリスト教徒の掲げる「自由」も「平等」も、結局のところそのための口実にしか過ぎないのではないか・・・というのが、イスラムの本音のように見えます。
もちろん、人権は宗教的ともいえる価値を持つということを、仏教徒である我々は理解できるし、戦争の口実にしてはならないことはあたりまえです。ただ、アメリカがネオコン筆頭に宗教がかったことをいいながら「イラクに自由を!」といい続ける限り、イスラムの不信は深くなり、「人権」という言葉自体が、うさんくさくなってしまうことを懸念します。
イスラム・キリストの罪の面を見せ付けられる、いやな一件です。


[1866へのレス] Re: マホメットの漫画事件に思う事 投稿者:代 宗俊 投稿日:2006/02/12(Sun) 11:49:37

>vol de nuitさん
お久しぶりです(^-^)
Master Jonathanだったらどのようにレスするでしょうか。一応、副管理人の私なりに考えて見ました。

 要は、キリスト教世界もイスラム教世界も0か1かのデジタル的な二者択一的思考方法を取ります。しかし、私たち仏教徒は、ー有無に非ずして而も有無に徧(へん)して中道一実の妙体にして不思議なるを妙とは名くるなりーという発想法をとります。ようするに「空」という概念です。従って、キリスト教世界、ユダヤ教世界とイスラム教世界の対立の構図は、仏教徒には理解が困難となります。

 デジタル系の発想が苦手な日本人が多いことも、今後、この問題を考えていく上で大事だと思います。

 さて、vol de nuitさんはご存知なのでしょうし、常連の皆さんもご存知の方々も多いと思いますが、ROMをしておられる方々の中にご存知でない方が居られるかも知れませんから説明をするため下記のことを書き込みます。

 つまり、キリスト教もイスラム教も、旧約聖書を聖典にしています。旧約聖書によると、アブラハムには二人の息子、イシュマエルとイサクがいました。イシュマエルはアブラハムの妻サラの奴隷ハガルが生んだ子、イサクはアブラハムの妻サラが生んだ子です。ユダヤ人はイサクの息子ヤコブ (イサクの子)の子孫であるといい、イスラム教のコーランはアラブ人をイシュマエルの子であるとします。

 旧約聖書では、ヤコブのまたの名がイスラエルであることから、ユダヤ人は「イスラエルの民」と呼ばれます。ユダヤ教とはシナイ山で神と預言者モーゼの率いるイスラエルの民との間に結ばれた契約を元とする宗教です。イスラエルの民の神との契約を記した書が聖書であり、キリスト教では旧約聖書と呼ばれます。

 一方、イスラム教の聖典は『コーラン』で、及びそれ以前にアッラーが人類に与えた諸聖典があるとします。キリスト教の『旧約聖書』も当然含まれます。イスラム教の根本聖典『コーラン (Koran) 』は、正しくはアラビア語で 『(アル=) クルアーン (al-Qur'an) 』と言い、マホメットが晩年22年ほどの間にアッラーから下された啓示を書き記したものです。114章から成り、現在の形にまとめられたのは第3代カリフ、ウスマーンの時代だと言われています。

 内容は、神の唯一性 (タウヒード)、ユダヤ教やキリスト教とも共通する天地創造から「最後の審判」に至る人類史の他、儀礼的規範、徳目・礼儀・作法、婚姻・相続・売買・刑罰などの法的規範まで多岐に渡り、神の言葉としてイスラム教徒の全生活、全行動を規制します。

 ユダヤ教やキリスト教、そしてイスラム教は、同根からきています。仏教徒から見るなら、今回のこの騒動も三者間の兄弟けんかに見えてきます。

 回り道に見えるかも知れませんが、日本社会は文化交流を通じて三者間の衝突を融合にアウフヘーベン(止揚)できるのではと思います。


[1866へのレス] アメリカに媚びるな!カトリックと連帯せよ! 投稿者:Jonathan 投稿日:2006/02/12(Sun) 15:22:18

 お久しぶりです^^
 レスを読ませて頂いての感想ですが、基本的にカトリックとプロテスタントをしっかり分けて考える必要があるということです。
 イスラム教徒の過剰反応というのも、これは「過去」の問題ではなく、「現在」に起こっているプロテスタント国家側の暴虐な侵略行為、又はそうした行為への加担、また信者の異教徒への常習化した偏見感情などが、イスラム教徒を追い込んでる背景があることを、まず理解することが必要です(フランでは暴動事件もありました)。
 プロテスタント側から見れば、キリスト教の過去の暴虐な行為も、これはカトリックの歴史の問題で、「他人事」といった感覚があります。
 それに対して、カトリックは、歴史に対して「反省」をしっかり持って、言動しています。
 先日トリノ(イタリア)オリンピックの開幕式をBSで見ましたが、オノ・ヨーコとピーター・ガブリエルがでて来て、ジョン・レノンの「イマジン」を歌っていました。
 現在進行形で戦争を行っているプロテスタント国家では、まったく考えられないことです。また、この一例をもっても、カトリックの人々が、他宗教に対して寛大に生きていることを理解したいと思います。
 ともかく、ほとんどの紛争に関係して、社会的偏見が強いのが、プロテスタントであり、逆に時代や歴史に責任をもって、紛争を解決していこう、また宗教による社会的偏見をなくしていこうとしてるのがカトリックであるという基本的なあり方の大きな違いをよく理解していくことが大事であると思います。
 そういったことから考えてみれば、社会的立場のある人たちが、社会的に追いやられがちな人々への不要な嫌がらせおこなう行為は、構造的な暴力の一つとして理解されうると思います。
 本当に「世界平和」を願うならば、カトリック世界との協調姿勢が創価学会に、もっと必要な問題としてあるとつくづく思うし、日蓮の弟子であるならば、超大国アメリカの暴虐行為に毅然と反論していくべきであると思います。
 異なるものとの関係性を無視して、学会という団体が安泰に発展していくだけが、広宣流布の目的であるなからば、それは目的と手段の履き違いであり、その履き違いが、現在の公明党という存在の歪性に見事に現れていると思います。


[1866へのレス] プロテスタントの予定説・・・ 投稿者:vol de nuit 投稿日:2006/02/13(Mon) 00:52:02

自分の勉強不足ゆえ、代さんの説明、ためになりました。またjonathanさんのカトリックとプロテスタントの違いも「なるほど!」と思わせるものでした。ありがとうございます。
高校時代、ヤンキーからまじめ路線の友人までいた環境にいたせいで、ぼくはオタク状態になった時期がありました。そのなかで読んだ本のなかに、エーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」があります。フロムは、宗教革命やプロテスタントの罪の面、具体的には「予定説」に代表される、異教徒への強烈な蔑視と神や権威への絶対的服従を説いたくだりがルターの著作には多々見られると指摘しています。で、それが1929年の大不況に端を発した経済不況において、ナチズム政権下での「下層中産階級」のヒトラー崇拝につながったと。
われわれは、「自由からの逃走」を読んで他人事だと笑っていてはいけないとおもうのです。「予定説」では、社会的な成功=神からの寵愛、失敗=神の罰と考えられていたのですから。われわれの信仰で、「神」を「ご本尊」に読み替え、功徳と罰の関係を、転換できない「宿業」であると強調すればどうなるか。学会内でとんでもない差別意識が起こることは、容易に想像できます。またそれは、アメリカを支える「プロテスタンティズム」の影の部分だということも、理解しておく必要があるでしょう。
しかし・・・こうしてみると、プロテスタントでは、人間は神の「おもちゃ」なのですね。神におもちゃ扱いされた人間が、「God bless ○△◇!!!」といって、外国を攻撃する・・・これこそ、漫画に値しますね。仏教徒、なかんずくわれわれ日蓮仏法者が「心中の肉団」に現実変革へのエネルギーを見るわれわれからすれば、cartoon 以外の何者でもありません。自爆テロするマホメットなら、劣化ウラン弾あたりで重装備したカルヴァンあたりが、お似合いでしょうか。


[1866へのレス] Re:無間地獄の道をふさぎぬ 投稿者:代 宗俊 投稿日:2006/02/13(Mon) 22:47:22

 無智悪人の国土に充満の時は摂受を前とす安楽行品のごとし、邪智謗法の者の多き時は折伏を前とす常不軽品のごとし、譬へば熱き時に寒水を用い寒き時に火をこのむがごとし、草木は日輪の眷属寒月に苦をう諸水は月輪の所従熱時に本性を失う、末法に摂受折伏あるべし所謂悪国破法の両国あるべきゆへなり、日本国の当世は悪国か破法の国かとしるべし。

 上記は、開目抄の一節ですが、アメリカSGIの草創期ころ活躍された方にお聞きしました。アメリカなどのキリスト教国は、日本のような厳格な謗法払いがなく緩やかな布教方法がとられているそうです。

 例えば、日本の創価学会の本部幹部会の同時中継にもキリスト教徒でアメリカ人の大学教授が、来賓として招待されスピーチされたこともありました。法華経否定の人で無い限りは、イスラム教世界であってもキリスト教世界でも、友好的に文化交流から入り、仏法理解の輪を広げて行くことが大切なのでしょう。

 そうおおらかに考えることができる日蓮仏法であり、日蓮大聖人であると思います。

 あと、とても心配なのは、イランの核兵器開発問題です。イラクの時は、USAの独走に猛反対したドイツ・フランスでしたが、今回の問題では、USAと協調しているのです。このままでは、間違いなく大変なことになります。

 日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外未来までもながるべし、日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり、無間地獄の道をふさぎぬ、

 今、私にできることは、平和への祈りを強めることだと思います。


[1863] 障害者自立支援法 投稿者:マウス 投稿日:2006/02/10(Fri) 04:14:15

読者応答室 改革後の精神科通院費 4月から患者負担は1割
2006.01.27 朝刊 5頁 オピ右面 (全686字)
 Q

 医療制度改革などで精神科通院医療費はどうなるのですか?(東京都江東区・40代の男性)

 A

 うつ病などと診断された場合、精神科への通院医療費の自己負担を軽くする通院医療費公費負担制度があります。精神保健福祉法第三二条に基づくもので、通称三二条制度と呼ばれています。

 具体的には、医療機関窓口での患者負担が三割から二年間(再申請可)5%になります。自治体により、さらに減免し事実上、患者負担のないところもありました。

 しかし、二〇〇五年十月に成立した障害者自立支援法により、従来の精神障害者通院公費、更生医療(身体障害者福祉法)、育成医療(児童福祉法)は「自立支援医療制度」に一本化、患者負担は一律一割になります。通称三二条制度も廃止され、新制度が〇六年四月から始まります。

 障害者自立支援法は、名前の通り、障害者の自立を目的にしたもので、賛否はともかく、従来の応能負担が応益負担になったのが特徴です。また、将来、介護保険との統合も考え、支援医療の負担割合も原則一割とされました。精神科通院の場合、負担から見れば倍になります。

 負担が急激にならないように低所得者(世帯)には、軽減措置が設けられ、一カ月の負担上限額が決められています。

 生活保護世帯は負担なし、住民税非課税世帯で本人の所得が八十万円以内なら負担上限額は二千五百円、八十万円超なら五千円などです。また、重度の症状で継続的に医療費がかかる場合も軽減措置があります。いずれにしても、新たな制度利用のため三月末までに市区町村での認定手続きが必要ですので、詳細は市町村などの窓口に問い合わせてください。(サンデー版編集部・亀岡秀人)

中日新聞社

http://www.asahi-net.or.jp/~wg3a-ymnk/


[1863へのレス] 訪問介護の場合 投稿者:マウス 投稿日:2006/02/10(Fri) 19:01:57

介護内容によっても、1時間の費用は異なります。
例 1時間 ¥4000の場合 毎日2時間利用していたとしても今までは、無料で、介護が受けられました。
が、新制度では、1割負担なので 1日¥800*30=24000かかることになります。(30は、1月です)
これは、障害年金で生活されている人たちにとって、大きな負担となります。

http://www.asahi-net.or.jp/~wg3a-ymnk/


[1863へのレス] Re: 障害者自立支援法 投稿者:ガク 投稿日:2006/02/12(Sun) 22:20:18

そうですか。負担が増えるのですね。
障害年金というのはどれくらいもらえるのでしょうか?
等級や年齢でちがうのでしょうかね。
自分でも検索してみます。


[1852] おい、こら、公明党!!! 投稿者:vol de nuit 投稿日:2006/02/06(Mon) 22:12:14

公明党を支援するために、どれほど学会員が自分の理性を押し殺しているか、わかっているんですか???いいたいことも言えず、外部から批判されると小泉の代言人のような言い草をきかされて板ばさみになり、いつもまにか「権力の亡者」、「弱いものいじめ大好き集団・セレブ万歳!」の集団に成り果てたように見えます。
ガルトゥング博士は、仏法の欠点を6つ挙げてます。そのなかに、
1.仏教は、その寛容性ゆえに、たとえば軍国主義というきわめて暴力的な組織をも容認しがちである
2.また、経済政策における構造的暴力も容認しやすい
とあります(対談「平和への選択」p.198)。
九段の社が大好きな馬鹿野郎に諌暁もせず、日本社会の構造的暴力を正そうともしない支援政党にどうしようもない怒りを感じてます。学会員も人間です。もう、これ以上だますのはやめてもらいたい!


[1852へのレス] Re: おい、こら、公明党!!! 投稿者:マウス 投稿日:2006/02/07(Tue) 06:22:33

同感しますね。
「障害者自立支援法」という悪法を可決させてしまった。
教育基本法も改正をめざすようです。
憲法改憲の為の国民投票案も可決させてしまうのでは?

防衛庁から防衛省への昇格は、防衛施設庁の談合問題が大きく取り上げられ、世間からの批判を危惧する?、又は次回の選挙での投票率が下がることを懸念するか?最もらしいことを言い先送りするようですね。(得意の詭弁を使ってね。)

甘い汁を吸いたいんですね。一度、大敗北をして自民党から放り出されないと凝りないんでしょうねえ。

http://www.asahi-net.or.jp/~wg3a-ymnk/


[1852へのレス] Re: おい、こら、公明党!!! 投稿者:マウス 投稿日:2006/02/07(Tue) 06:38:26

9条も太田が、加憲案を出しますね。
たしか、夏頃までに憲法改正案をだすとか?
「障害者自立支援法」に関しては、傷害を持つ方への思いやりの一欠けらすら見られませんね。(怒)!!

http://www.asahi-net.or.jp/~wg3a-ymnk/


[1852へのレス] Re: おい、こら、公明党!!! 投稿者:ガク 投稿日:2006/02/09(Thu) 22:55:59

「障害者自立支援法」に関して詳しい記述を読んで見ましたが、良く分かりません。
小学生にも分かるレベルで、そういう改悪なのか教えてください。


[1842] 一生成仏抄講義 投稿者:nanasi 投稿日:2006/01/30(Mon) 04:38:41

2月号大百を読んでいてわからなくなることがありました。
唱題行仏の名を呼んで自身の仏性を引き出す修行と書いてあります。この場合何を祈るのですか?唱題行における祈りについて皆様はどうお考えでしょうか?
できましたら次の講義ではこの点について触れていただきたいなと思っています。


[1842へのレス] Re: 一生成仏抄講義 投稿者:ガク 投稿日:2006/02/03(Fri) 23:58:36

唱題行における祈りについて、何を祈ってもいいと思います。


[1842へのレス] Re: 一生成仏抄講義 投稿者:nanasi 投稿日:2006/02/04(Sat) 01:32:49

それは祈らなくてもいいということですか?


[1842へのレス] Re: 一生成仏抄講義 投稿者:ガク 投稿日:2006/02/04(Sat) 12:00:33

祈らなくてもいい、ということは、何も考えずに題目をあげるということですか?
それもありだと思います。
しかし、ずーっと何も考えない状態を保持することは無理でしょう。その時に浮かんだことを祈ればいいと思います。

「唱題行仏の名を呼んで自身の仏性を引き出す修行」をするための念じ方とかご祈念項目をご質問ですか?
御本尊に向かって唱題することが唱題行なので、何を祈ってもいい、となると思うのですがねぇ〜
何を祈っていても唱題行になる、ってことですね。
しかし、真剣な一念であればあるほど、具体的現実的な行動が伴っていればいるほど良いと思います。

どうすればもっと、自身の仏性を引き出せるか?
という質問であれば、「以信得入」、「師弟不二」、「一心欲見仏」、「不自惜身命」、「煩悩即菩提」、「信行学」、「信力・行力・仏力・法力」、「九識論」、「十界論」、「境涯革命」、「人間革命」
あたりをキーワードに調べるか、本を読むか、組織の人達に聞いてみるといいと思います。



[1842へのレス] Re: 一生成仏抄講義 投稿者:페양(ペヤング) 投稿日:2006/02/04(Sat) 12:50:29

広宣流布の請願の御祈念は必ず叶います


[1842へのレス] Re: 一生成仏抄講義 投稿者:nanasi 投稿日:2006/02/04(Sat) 13:04:53

請願のお題目ってよく言いますね。(字あってるのかな?)

請願・・・ 自分の希望の達成を願い出ること。

祈り・・・祈ること。神仏に加護・救済などを請い願うこと。祈願。祈祷(きとう) 。祈念(神仏に祈り、目的の達成を念じること)。


[1842へのレス] Re: 一生成仏抄講義 投稿者:nanasi 投稿日:2006/02/04(Sat) 13:12:57

呪文のように唱えてもいいし、
願いがあれば、希ってもいい。

そういうものかな?


[1842へのレス] Re: 一生成仏抄講義 投稿者:nanasi 投稿日:2006/02/04(Sat) 13:47:51

煩悩即菩提とか大事なのかな?


[1842へのレス] Re: 一生成仏抄講義 投稿者:nanasi 投稿日:2006/02/04(Sat) 18:24:54

誓願のほうかな?
(1) 神仏に誓いをたて、事の成就を願うこと。
(2) 仏・菩薩が一切衆生(しゆじよう) の救済を願って必ず成し遂げようと定めた誓い。すべての仏・菩薩に共通する四弘誓願(しぐぜいがん) のほか、薬師の十二願、釈迦の五百大願、阿弥陀の四十八願などがある。
(3) カトリック教会で修道者となる際、神に清貧・貞潔・従順の三つの誓いを立てること。


[1842へのレス] Re: 一生成仏抄講義 投稿者:ガク 投稿日:2006/02/09(Thu) 22:57:19

身近な学会員さんたちから、たくさん体験を聞かれるといいと思いますよ。


[1842へのレス] Re: 一生成仏抄講義 投稿者:nanasi 投稿日:2006/02/10(Fri) 21:56:58

んでどないなんよ?
呪文のように唱えてもいいし、
願いがあれば、希ってもいい。

そういうものかな?


[1842へのレス] Re: 一生成仏抄講義 投稿者:Keich 投稿日:2006/02/13(Mon) 23:36:49

はじめましてのご挨拶もなしでいきなり書き込みを失礼いたします。

悩みも人様々千差万別であるように、祈りの具体的内容も人それぞれではないかと思います。
ただ、「自分はこうなるのだ」という目的地を掲げなければ、祈りながら右往左往してしまいませんか?
年配の友人(学会員ではありませんが)は、「祈りとは自己決定の形です」と言っていました。私もまさにその通りだなと思います。
池田先生は、「祈り−それはあきらめない勇気だ。自分には無理だとうなだれる惰弱さを叩き出す戦いだ。現状は変えられる!必ず!」と仰って下さっています。
自身の仏性をどこまでも信じ、「私はこうなるんだ!」と祈り抜いていくところに、宿命転換、人間革命していくことが出来るのだと思っています。


[1842へのレス] Re: 一生成仏抄講義 投稿者:nanasi 投稿日:2006/02/15(Wed) 01:13:30

唱題とか題目でなくて、祈りについての御書って何かないかなあと思っている今日この頃。皆様いかがお過ごしでしょうか。


[1838] 風来坊さんからの宿題 投稿者:Bell 投稿日:2006/01/28(Sat) 20:16:43

遅くなりました(_ _)ぺコリ

◎源為朝(みなもと の ためとも)=頼朝、範頼、義経の叔父にあたる人物

保延5年(1139年)から 嘉応2年4月6日(1170年4月23日)

 平安時代末期の河内源氏の流れを汲む武将で、源為義の八男で母は摂津国の江口の遊女だったと伝えられています。彼の通称は鎮西八郎、弓の名手でした。源爲朝が本来の名ですが、漢字制限(当用漢字、常用漢字、教育漢字)により現表記の源為朝になっています。

 13歳の時、父為義に粗暴を咎められ勘当されて九州に追放されます。しかし肥後の阿蘇氏の婿となり自ら鎮西(九州)総追捕使と称して暴れまわり、菊池氏、原田氏などの九州の豪族たちを討ち破ります。朝廷は逮捕命令を出すが、為義は、これに従わなかったため父が解官されてしまいます。これを聞いた為朝は驚き京都に戻り恭順します。

 1156年7月11日の保元の乱では父に従って崇徳上皇方に属します。軍議で為朝は先手必勝の夜討を献策するが、藤原頼長に一蹴されます。その夜、後白河天皇方が逆に崇徳上皇方の本営であった白河北殿に夜討をかけてきます。西門を守る為朝は大いに勇戦し、平清盛、兄の源義朝をその強弓で撃退しますが、義朝の作戦により後白河天皇方が白河北殿に火をかけたため、崇徳上皇方は猛火にさらされ敗れます。

 為朝は戦線離脱し捲土重来を期するため逃亡しますが捕らえられます。武勇を惜しまれて助命されますが、1156年8月26日に自慢の弓を射ることができないように腕を傷つけられてから伊豆大島に流刑となります。

 やがて腕の傷が癒えて、その強弓の技が戻ると為朝は、伊豆諸島の諸豪族を従え国司に反抗するようになります。しかし1170年に伊豆介工藤茂光に追討され、八丈島で自害します。没年は1177年ともされます。尚、この時、日本で初めて切腹した武人は為朝と伝えられています(これには酒天童子が初めてであるという異説もあります)。

◎為朝伝説
 曲亭馬琴の「椿説弓張月」の記述にありますが、源為朝が琉球(沖縄県)へ逃れ、その子が琉球王家の始祖とされる舜天になったという伝説があります。のちの琉球王朝が国史編纂のときに、権威付けるために源氏に結びつけたとも言われています。つまり、日本側の武士たちに対して「私たちの琉球王朝は源氏の子孫だよ」という事により権威付けしようとしたようです。

 また日琉同祖論と関連づけて語られる事もあります。この伝説に基づき明治になって、為朝は沖縄神社に祀られました。


[1838へのレス] 宿題覚えて下さって・・・ 投稿者:風来坊 投稿日:2006/01/30(Mon) 12:05:49

Bellさん、お久しぶりです。覚えて下さり有難う。
実は、Bellさんに、為朝さんの事をお聞きしておきながら、この人の事を調べずにいまして、今朝から、少し調べてみたくらいで、私って、かなり、失礼な人間かも知れませんねえ。

Bellさんもお気づきでしょうが、為朝さんに関する資料、少ないですねん。
「源」一族は有名ですし、「頼朝」さん、「義経」さんは、非常に名高いですが、この「為朝」さんについては、私は、名前すら知らなかったわけですが、奄美〜琉球へと辿る、私の血筋の、その又過去の線上に、ふっと湧いてきた事で、急に親近感が湧いてきたわけです。
資料の少なさ。
今でいうところの、義経は勝ち組で、為朝は負け組?(「名を残した事」だけで捉えても・・)なのかもと、思うと、なお更に愛着心が出てきたりして、ね。
しかも、為朝さんは、かなりの暴れん坊のようですねえ。(当時は、それが武勇でもあったのでしょうが)

ついでにね、私、「歴史」って、どれくらいの真実があるのか、事実が確実に捉えてあるのかなあと、疑問も沸いてきました。歴史となって記される前提には、きちんとした、資料や文書など、専門の歴史家の方々の努力の上に出来たものではあるにしても・・・。
現在においてさえ、事件や戦争などの場面場面において、事実が最初から歪められて報道されている。このまま、真偽が明らかにされずに、後々、それが真実として「歴史」の一ページを飾るわけですよ。
何が問題かなって、考えた時、多くは、その時代の力を持った人の都合の良い「歴史」になって、都合の悪い事実は焼き捨てられてり、隠蔽されたり、書き換えられたり。

話しを、鎌倉時代に戻しますね。
当時の琉球。日本ではなかったですね。王朝時代の沖縄は、かなり広い範囲で、海を越えて、交流が盛んだったとも聞きます。中国(その頃は、唐って言ってたんでしたっけ?何と言う時代でしたか?)や朝鮮半島の人々、東南アジアの人々。(ちなみに、有名な「ガジュマルの木」の名の由来は、ベトナム語やという説もあります)
奄美を始め、たくさんの島々との交流もあったでしょう。はるか、北の方向に位置する大和の国との交流も、又、その一つだったようですね。

こうやって、琉球を中心にした視線で見ましたら、大海原の中のロマンや壮大な人々のときめきが感じられて・・・。
ああ、そうそう、為朝さんの足跡を辿ったとしたら、伊豆諸島までもが視野に入ってくるんですよねえ。それは、義経さんにも言える事でしたっけ?
すみません、話しの脈絡がなくふらふらしてて。

ちょうど、この前に初めて訪れた沖縄の地で思ったんですよ。
「私は、これまでの半世紀、本州を中心にして、この沖縄を見てきた。けど、こうやって、沖縄の地に立って、世界を見たら、すご〜〜く、楽しいなあ。雄大な地球を感じれるやない〜〜。」ってね。


[1838へのレス] Re: 風来坊さんからの宿題 投稿者:ppm 投稿日:2006/02/01(Wed) 00:47:04

来年の大河ドラマは、信玄だそうですが、信玄には多くの影武者がいたそうです。最近、義経にも影武者がいたという話を聞きました。その末裔だという人もいます。本当に活躍したのは、その影武者達で、ホントの義経さんは、ただ、源氏の血を引くだけ。いやそれだからこそ大事で・・・、簡単に死んでもらっては困ります。
戦前までは、いや今でも大事なのは・・・。だからこそ、性急な皇室典範の改正に、僕も何か違和感がある。やっぱり、古い人間なんでしょうか?


[1838へのレス] Re:歴史を解析してゆくこと 投稿者:Bell 投稿日:2006/02/05(Sun) 02:41:21

>風来坊さん
 日本書紀、続日本書紀は、歴史を歪めています。特に藤原氏にとって都合よく書かれています。

 ただ冷静に読むと、都合よく書かれている分、矛盾もあらわになり、面白さも出てきます。

 例えば、蘇我入鹿は、権臣で、大王(おおきみ)一族を亡き者にして自分たち蘇我一族が取って代わろうとしたとなっています。しかし、蘇我入鹿がまさに殺される瞬間、大王(おおきみ)!私のような忠臣にこの仕打ちは何ですか?、と言い抵抗したと書かれています。ということは、蘇我入鹿は悪人ではなく、権力闘争に敗れただけのようです。

 歴史学は、同時代の諸文献を比較検討・精査して行きます。その過程で、資料を残した人々の思惑も解析することもできます。歴史学は、とても面白い学問です。

 著名な歴史家の和歌森太郎氏が、主張されたことは、歴史学は、民俗学、考古学などの隣接諸学の成果を参考にするべきであるということでした。私も同感です。


[1832] 教育基本法協議会 投稿者:マウス 投稿日:2006/01/26(Thu) 06:36:11

与党再開、「愛国心」の表現が焦点

 自民、公明両党は25日、「与党教育基本法改正に関する協議会」を国会内で開き、教育基本法改正に向けた協議を5カ月ぶりに再開させた。公明党が「戦時中を想起させる」と難色を示す「愛国心」の取り扱いが焦点で、別の表現に置き換える方向で検討を進める見通し。この日は、郵政法案に反対して自民党を離党した保利耕輔元文相(無所属)に代わり、大島理森元文相を実務作業に当たる検討会座長に起用するとともに、保利氏を顧問で迎えることを正式決定した。

 両党は今国会中の法案提出を目指す。冒頭、自民党の武部勤幹事長が「重要法案なので残された論点について協議を進めたい」と表明。保利氏の顧問就任について、教育基本法改正への懸念を引きずる公明党との調整には、協議会を仕切ってきた保利氏の存在が欠かせないと自民党執行部が判断。「郵政造反組を起用すれば、けじめがつかなくなる」との党内の反対論を押し切った。

 一方、保利氏と同様、郵政法案に反対したが党内にとどまっている中曽根弘文元文相は検討会のメンバーから外れた。【田所柳子】

毎日新聞 2006年1月25日 20時07分 (最終更新時間 1月25日 21時00分)


http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/seitou/news/20060126k0000m010086000c.html


[1832へのレス] Re: 教育基本法協議会 投稿者:マウス 投稿日:2006/01/26(Thu) 06:44:18

今、TVではホリエモン騒動が活発ですね。
教育基本法改正等は、TVでは殆ど報道されないかと思います。一般紙を注意して読む必要が、ありますね。
裏では、重要な問題が議論?されつつあります。
(一般紙は、無視する人たちは別にして)

http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/seitou/news/20060126k0000m010086000c.html


[1832へのレス] 変えるよりも活かす姿勢・・大切 投稿者:風来坊 投稿日:2006/01/26(Thu) 13:33:35

私、この従来の「教育基本法」に対して、余りにも無知でしたので、じっくりと、いろいろと調べてみましたところ、大変、良い文面である事に気がつきましたね。
え、今頃に?と思われそうですが、実際のところ、多くの国民の皆さんがご存知ではなかったのではないかとも思います。
個人の尊重は、民主主義の社会の基本ですし、個人を主張し過ぎる現代社会を憂う前に、個人の可能性を堀り起こす姿勢に、教育の現場がなれば、一人一人が希望を持ち元気を取り戻す事にもなるでしょう。
又、そういう一人一人が生き生きと暮らし、勉学に励んでいくならば、国そのものも素晴しいものになっていくに違いないのです。他人を大切に出来る子供は、責任ある大人へと成長出来るでしょうし。
国家の為にと、個人を犠牲にしてきた反省の上に出来た戦後の教育基本法を、もう一度活かす姿勢に戻す事が大事ではないでしょうか。せっかくのものを活かして来なかった事が、現在の教育現場での様々な弊害になってきたような気もしますね。

「見直すより大いに活かせ」--- この言葉の意味がようやく理解出来、納得出来た次第です。


[1832へのレス] Untitled 投稿者:風来坊 投稿日:2006/01/26(Thu) 17:42:03

従いまして、教育基本法改正案には、私も、反対です。


[1830] 提唱 投稿者:風来坊 投稿日:2006/01/21(Sat) 14:51:05

昨年も、ここでも書かせて頂きましたが、一部編集しましたので、再度、書かせて下さいね。

=== 「第九条・創価っ子スクラム」 ===

今から約61年前、焼け野原から立ち上がり、二度と他国に対して武器による威嚇をしないと決意した日本。それは、永遠の誓いである。
私は、その決意のもとに出来た、世界に誇れる「平和憲法」の第二章「第九条の一項・二項」ともに死守したい、永久普遍の原理としての「交戦権否認」を守りたいとの思いでおります。
「加憲」なんて言葉でも騙されない。

日本は、多大な空襲の被害を受け、地上戦として、沖縄は激戦の壮絶で悲惨な目にあい、ヒロシマ・ナガサキには原爆が投下されました。そして、終戦。焦土と化した日本ーーー。
又、戦前までの長い間、周辺アジアを侵略し甚大な被害をもたらした事を、日本人として認める必要があると感じております。
もう二度と武器を持たない。他国とも交戦しないと誓った私達です。それを謳った憲法第九条を握りしめてきたからこそ、以来「攻めも攻められもしなかった」という長い歴史の軌跡が出来上がっています。

創価学会の歴史も、「反戦・平和」から始まっているのは、皆さんご承知の通りです。
そこで、私は、呼びかけたいのです。二度と同じ過ちを犯したくないそんな思いを込めて、「第九条・創価っ子スクラム」。草の根運動として広めようではないかと。

日本の憲法九条は世界の先駆け!世界の模範!地球上の快挙!まわれ、まわれ、地球上に広がってゆけ!!
     2006年  兵庫県:風来坊


[1828] 教育基本法に関して 投稿者:マウス 投稿日:2006/01/18(Wed) 07:36:41

教育基本法 見直すより大いに生かせ 池田大作(私の視点)
2001.05.23 東京朝刊 13頁 オピニオン1 写図有 (全1371字)
 「艱難(かんなん)に勝る教育なし」――ギリシャの箴言(しんげん)と記憶している。

 教育は観念ではない。頭脳だけでもない。実践であり正義である。「人格の向上」と「社会の繁栄」と「世界の平和」の源泉こそ、教育の本義であると私は思う。

 かつて内村鑑三は、近代日本の教育が“艱難を避ける方法”を授け、才子ばかりをつくっていると嘆いた。本来、教育は“艱難に打ち勝つ力”を育(はぐく)むものでなければならない。

 昨今、教育改革が政治日程に上るなか、小泉政権の下でも「教育基本法」の見直しが論議されている。

 私自身は、拙速は慎むべきであると考える。基本法の眼目である「人格の完成」など、そこに掲げられた普遍的な理念は、教育の本義に則(のっと)ったものであり、新しい世紀にも、十分、通用するからだ。

 たしかに、基本法がうたう「人格」や「個性」は抽象的だという指摘もある。しかし、憲法に準ずる基本法の性格を考えれば、抽象性ゆえの普遍性は、むしろメリットとして、大いに生かせるのではなかろうか。

 第一に、「グローバリゼーション(地球一体化)」は、とどめようのない時流である。そこでは、国益と同時に人類益への目配りが欠かせない。普遍的かつ世界市民的な視野を養うことが、ますます重要になる。

 第二に、「教育勅語」に盛られたような具体的な徳目は、基本法の性格になじまないと思う。法文化されれば、必然的に権威主義的な色彩を帯びてしまうからだ。

 現代は、あらゆる既成の権威が色あせ、家族という人類最古の共同体までも“ゆらぎ”に直面している。その底流を直視せずに、教訓的な徳目を並べても、復古調の押しつけとして反発されるだけだ。

 もとより私は、日本の歴史や伝統文化を軽んずるのではない。逆である。

 軍部権力と対決して獄死した、ある卓越した教育者は「慈愛、好意、友誼(ゆうぎ)、親切、真摯(しんし)、質朴等の高尚なる心情の涵養(かんよう)は、郷里を外にして容易に得ることはできない」と述べた。地域や郷土に根ざした固有の文化や伝統を尊重してこそ、豊かな人格の土台も築かれる。

 ただ、そうした心情の涵養、人格の形成は、外からの「押しつけ」ではなく、徹して「内発的」に成されるべきである。

 周知のように、基本法は、アメリカのデューイの教育哲学と親近している。デューイも内発的な精神性を重視し、それを引き出すものこそ教育であり、「人間は、教育によって人間となる」と断じた。「内発」こそ、教育改革のキーワードでなければなるまい。

 私自身、教育を生涯の事業として取り組んできた。すべての子どもの生命にある「伸びゆく力」と「創造力」を開花させるのは、やはり教育の現場、また家庭や地域における、人格と人格の触発以外にない。

 目指すべきは「教育のための社会」である。社会のために教育があるのではない。教育のために社会があり、国家がある。発想を大きく転換して、21世紀こそ、子どもたちが「生きる歓(よろこ)び」に輝く世紀としていきたい。

 大胆に改革を提唱する小泉純一郎首相も、教育に関する発言は、まだ少ないのではないかという印象を、国民は受けている。

 未来のために最も重要であり、世界の平和と文化の創造の根本であり、人間が人間として幸福になるための真髄である教育を、ぜひ、忘れないでいただきたい。

(いけだ・だいさく 創価学会名誉会長)

朝日新聞社

以下 我見です
今国会では、教育基本法改正をめざすようですね。
歯止めにもならぬ公明党は、どういった詭弁云々を使い正当化するのか危惧するところです。

http://www.asahi-net.or.jp/~wg3a-ymnk/


[1828へのレス] Re: 教育基本法に関して 投稿者:風来坊 投稿日:2006/01/20(Fri) 11:31:41

何を改正しようとしているのかも、知りたいところですね。
私、この件、あまり詳しくないものですから・・・。
国会で、何かを「改正」「補足」する際は、目を見開いて監視しないと、後々、とんでもない事になるというのは、あの、悪名高い、「国旗国歌法」で証明済みですし。
なんとかならないのか、公明党諸氏さん。与党の中の歯止め的存在の名が、泣き続けています。


[1801] 二千二百二十余年 投稿者:卒業生 投稿日:2006/01/05(Thu) 23:43:14

【参考のために】
「二千二百二十余年」から18件が検索されました。
▼18件中 1〜18件までを表示
1.観心本尊抄送状 255ページ 文永十年太歳癸酉卯月廿六日日=仏紀2222年
「仏滅後二千二百二十余年未だ此の書の心有らず、国難を顧みず五五百歳を期して之を演説す」

2.顕仏未来記 505ページ  文永十年太歳癸酉後五月十一日=仏紀2222年
「予一たびは歎いて云く仏滅後既に二千二百二十余年を隔つ何なる罪業に依つて仏の在世に生れず正法の四依・像法の中の天台・伝教等にも値わざるやと」

3.上行菩薩結要付属口伝 543ページ 建治元年=仏紀2224年
「今末法に入つて仏滅後二千二百二十余年に当りて聖人出世す是は大集経の闘諍言訟・白法隠没の時なり云云・・・其の中間に法華経流布の時二度之れ有る可し、所謂在世の八年・滅後には末法の始の五百年なり」

4.四十九院申状 849ページ 弘安元年三月 日=仏紀2227年
「大覚世尊・霊山・虚空・二処・三会・二門・八年の間・三重の秘法を説き窮むと雖も仏滅後二千二百二十余年の間・月氏の迦葉・阿難・竜樹・天親等の大論師・漢土の天台・妙楽・日本の伝教大師等・内には之を知ると雖も外に之を伝えず第三の秘法今に残す所なり」

5.滝泉寺申状 850ページ 弘安二年十月 日=仏紀2228年
「如来の滅後二千二百二十余年の間・身毒・尸那・扶桑等・一閻浮提の内に未だ流布せず・・・時未だ至らざるの故なり」

6.種種御振舞御書 910ページ 建治二年=仏紀2225年
「仏滅後・二千二百二十余年が間・迦葉・阿難等・馬鳴・竜樹等・南岳・天台等・妙楽・伝教等だにも・いまだひろめ給わぬ法華経の肝心・諸仏の眼目たる妙法蓮華経の五字・末法の始に一閻浮提にひろまらせ給うべき瑞相に日蓮さきがけしたり」

7.土木殿御返事 963ページ 文永十年七月六日=仏紀2222年
「仏滅後二千二百二十余年今に寿量品の仏と肝要の五字とは流布せず、当時果報を論ずれば恐らくは伝教・天台にも超え竜樹・天親にも勝れたるか」

8.曾谷入道等許御書 1030ページ 文永十二年三月十日=建治元年=仏紀2224年
「此等の夭災は仏滅後二千二百二十余年の間・月氏・漢土・日本の内に未だ出現せざる所の大難なり」

9.法蓮抄 1054ページ 建治元年=仏紀2224年
「総じて一閻浮提に仏滅後・二千二百二十余年の間いまだなき大科・人ごとにあるなり」

10.曾谷入道殿御返事 1058ページ 建治三年丁丑霜月二十八日日=仏紀2226年
「かかるいみじき法門なれども仏滅後・二千二百二十余年の間・月氏に付法蔵の二十四人弘通し給はず、漢土の天台妙楽も流布し給はず、日本国には聖徳太子・伝教大師も宣説し給はず」

11.四条金吾許御文 1196ページ 弘安三年十二月十六日=仏紀2229年
「仏滅度の後・二千二百二十余年が間・月氏・漢土・日本・一閻浮提の内に聖人・賢人と生るる人をば皆釈迦如来の化身とこそ申せども・かかる不思議は未だ見聞せず」

12.妙密上人御消息 1240ページ 建治二年三月=仏紀2225年
「然れども法華経の題目の流布すべき後五百歳・二千二百二十余年の時に生れて・近くは日本国・遠くは月氏・漢土の諸宗の人人・唱へ始めざる先に・南無妙法蓮華経と高声によばはりて二十余年をふる間」

13.日女御前御返事 1244ページ 建治三年八月二十三日=仏紀2226年
「此の故に未曾有の大曼荼羅とは名付け奉るなり、仏滅後・二千二百二十余年には此の御本尊いまだ出現し給はずと云う事なり」

14.教行証御書 1282ページ 文永十二年三月二十一日=建治元年=仏紀2224年
「抑当世の人人何の宗宗にか本門の本尊戒壇等を弘通せる、仏滅後二千二百二十余年に一人も候はず」

15.妙法曼陀羅供養事 1305ページ 文永十年=仏紀2222年
「此の大曼陀羅は仏滅後・二千二百二十余年の間・一閻浮提の内には未だひろまらせ給はず、病によりて薬あり軽病には凡薬をほどこし重病には仙薬をあたうべし、仏滅後より今までは二千二百二十余年の間は・・・」

16.単衣抄 1514ページ 建治元年乙亥八月 日=仏紀2224年
「仏滅後二千二百二十余年・月氏・漢土・日本に一切世間多怨難信の人なし、日蓮なくば仏語既に絶えなん」

17.上野殿御返事 1538ページ 建治三年五月十五日=仏紀2226年
「仏・法華経をとかせ給いて今にいたるまでは二千二百二十余年になり候へども・いまだ法華経を仏のごとく・よみたる人は候はぬか」

18.九郎太郎殿御返事 1553ページ 弘安元年十一月一日=仏紀2227年
「仏御入滅ありては二千二百二十余年なり・代すへになりて智人次第にかくれて山のくだれるがごとく・くさのひききににたり」


[1801へのレス] Re: 二千二百二十余年 投稿者:卒業生 投稿日:2006/01/05(Thu) 23:51:47

【仏紀が合致する御書】

「但し仏滅後今に二千二百二十二年なり」
(波木井三郎殿御返事、文永十年太歳癸酉八月三日、1372頁)

「仏滅後・二千二百二十五年が間一人も唱えず」
(報恩抄、建治二年太歳丙子七月二十一日、328頁)

「而るに仏・御入滅ありては既に二千二百二十七年なり・・・仏滅後既に二千二百二十七年になり候に」
(妙法比丘尼御返事、弘安元年戌寅九月六日、1407・1416頁)


[1801へのレス] Re: 二千二百二十余年 投稿者:卒業生 投稿日:2006/01/08(Sun) 00:27:15

「二千二百余年」から9件が検索されました。
▼9件中 1〜9件までを表示(年代順に並び替えました)

6.月水御書 1199ページ 文永元年甲子四月十七日=仏紀2213年
「然りと云えども如来滅後二千二百余年に及んで五濁さかりになりて年久し事にふれて善なる事ありがたし」

3.富木入道殿御返事 955ページ 文永八年十一月二十三日=仏紀2220年
「已に眼前なり仏滅後二千二百余年に月氏・漢土・日本・一閻浮提の内に天親・竜樹内鑑冷然外適時宜云云、天台・伝教は粗釈し給へども之を弘め残せる一大事の秘法を此国に初めて之を弘む日蓮豈其の人に非ずや。
 前相已に顕れぬ去正嘉の大地震前代未聞の大瑞なり神世十二・人王九十代と仏滅後二千二百余年未曾有の大瑞なり」

1.開目抄下 225ページ 文永九年二月=仏紀2221年
「当世は如来滅後・二千二百余年なり大地は指ば・はづるとも春は・花は・さかずとも三類の敵人・必ず日本国にあるべし」

7.祈祷抄 1347ページ 文永九年=仏紀2221年
「仏・法華経をとかせ給いて年数二千二百余年なり、人間こそ寿も短き故に仏をも見奉り候人も待らぬ、天上は日数は永く寿も長ければ併ながら仏をおがみ法華経を聴聞せる天人かぎり多くおはするなり」

4.呵責謗法滅罪抄 1128ページ 文永十年=仏紀2222年
「二千二百余年が間・教主釈尊の絵像・木像を賢王・聖主は本尊とす、然れども但小乗・大乗・華厳・涅槃・観経・法華経の迹門・普賢経等の仏・真言・大日経等の仏・宝塔品の釈迦・多宝等をば書けどもいまだ寿量品の釈尊は山寺精舎にましまさず」
5.呵責謗法滅罪抄 1129ページ
「去る正嘉元年太歳丁巳八月二十三日・戌亥の刻の大地震と、文永元年太歳甲子七月四日の大彗星、此等は仏滅後二千二百余年の間・未だ出現せざる大瑞なり、此の大菩薩の此の大法を持ちて出現し給うべき先瑞なるか」

2.種種御振舞御書 916ページ 建治二年=仏紀2225年
「仏滅度後・二千二百余年が間・恐らくは天台智者大師も一切世間多怨難信の経文をば行じ給はず数数見擯出の明文は但日蓮一人なり」

8.妙法比丘尼御返事 1415ページ 弘安元年戊寅九月六日=仏紀2227年
「法華経の中に仏説かせ給はく我が滅度の後・後の五百歳・二千二百余年すぎて此の経閻浮提に流布せん時、天魔の人の身に入りかはりて此の経を弘めさせじとて、たまたま信ずる者をば或はのり打ち所をうつし或はころしなんどすべし」

9.宝軽法重事 1475ページ 弘安二年五月十一日=仏紀2228年
「法華経は仏滅後二千二百余年にいまだ経のごとく説ききわめてひろむる人なし、天台・伝教もしろしめさざるにはあらず・時も来らず・機もなかりしかば・かききわめずして・をわらせ給へり」


[1801へのレス] Re: 二千二百二十余年 投稿者:卒業生 投稿日:2006/01/08(Sun) 01:02:30

「二千二百余」から10件が検索されました。

守護国家論 45ページ 正元元年=正嘉三年=仏紀2208年
「請い願わくば心有らん人は思惟を加えよ如来の入滅は既に二千二百余の星霜を送れり」

以下、
9件中 1〜9件までを表示(上記の通り)


[1794] 二千二百三十余年 投稿者:卒業生 投稿日:2005/12/30(Fri) 21:24:15

御書検索によると、
「三十余年」から12件が検索されました。
▼12件中 1〜12件までを表示
1.撰時抄
ページ番号 283ページ
二千二百三十余年
2.本尊問答抄
ページ番号 369ページ
日本国は人王三十代・欽明の御時・百済国より仏法始めて渡りたりしかども始は神と仏との諍論こわくして三十余年はすぎにき、三十四代推古天皇の御宇に聖徳太子始めて仏法を弘通し給う
【欽明の十三年(552)から用明(587)までの36年を数えたものか】
3.本尊問答抄
ページ番号 373ページ
二千二百三十余年
4.如説修行抄
ページ番号 504ページ
我等が本師・釈迦如来は在世八年の間折伏し給ひ天台大師は三十余年・伝教大師は二十余年・今日蓮は二十余年の間権理を破す其の間の大難数を知らず
【天台の三十余年は、「智者の弘法三十年・二十九年」(観心本尊抄、239頁)の意によれば、精確には27年ないし29年、または30年を数えたものか。
いずれにせよ、27年ないし30年までが含意されていると思われる。
なお、本抄で大聖人の二十余年は、建長五(1253)年から文永十(1273)年までの21年を数えたものか】
5.法華初心成仏抄
ページ番号 548ページ
二千二百三十余年
6.治病大小権実違目
ページ番号 998ページ
而るに此の三十余年の三災・七難等は一向に他事を雑えず日本・一同に日蓮をあだみて国国・郡郡・郷郷・村村・人ごとに上一人より下万民にいたるまで前代未聞の大瞋恚を起せり
【建長五(1253)年から弘安元(1278)年までの26年を数えたものか。
最長でも弘安五(1282)年の30年まで】
7.四条金吾殿御返事
ページ番号 1181ページ
二千二百三十余年
8.聖人御難事
ページ番号 1189ページ
去ぬる建長五年太歳癸丑四月二十八日に安房の国長狭郡の内東条の郷・今は郡なり、天照太神の御くりや右大将家の立て始め給いし日本第二のみくりや今は日本第一なり、此の郡の内清澄寺と申す寺の諸仏坊の持仏堂の南面にして午の時に此の法門申しはじめて今に二十七年・弘安二年太歳己卯なり、仏は四十余年・天台大師は三十余年・伝教大師は二十余年に出世の本懐を遂げ給う、其中の大難申す計りなし先先に申すがごとし、余は二十七年なり其の間の大難は各各かつしろしめせり。
【天台の三十余年は、「智者の弘法三十年・二十九年の間」(観心本尊抄、239頁)の意によれば、精確には27年、あるいは29年、または30年を数えたものか。いずれにせよ、27年ないし30年までが含意されていると思われる。
なお、本抄で大聖人の二十七年は、建長五(1253)年=仏紀2202年より
弘安二(1279)年=仏紀2228年までの27年を数えたものである】
9.聖人御難事
ページ番号 1190ページ
二千二百三十余年
10.四条金吾殿御返事
ページ番号 1198ページ
二千二百三十余年
11.千日尼御前御返事
ページ番号 1310ページ
二千二百三十余年
12.神国王御書
ページ番号 1516ページ
第三十代は欽明天皇・此の皇は第二十七代の継体の御敵子なり・治三十二年、此の皇の治十三年壬申十月十三日辛酉百済国の聖明皇・金銅の釈迦仏を渡し奉る、・・・
然りといへども欽明・敏達・用明の三代・三十余年は崇め給う事なし、其の間の事さまざまなりといへども其の時の天変・地夭は今の代にこそにて候へども
【欽明の十三年(552)から用明(587)までの36年を数えたものか】

上記の通り、
大聖人の「三十余年」は、実際には26年から36年まで、幅がある。
思うに、
仏紀2224年(建治元年)に撰時抄を執筆した際に、
「二千二百三十余年」と銘記したのが最初であったとすれば、
深意があったかもしれない。

むしろ、大聖人の用法としては、
少なくとも24ないし30以上は、
30または30に近い数として「三十余」という数え方、
もしくは書き方だったのではないか?

ただし、その場合でも、
仏紀は、常に正確に計算されていたことは間違いない
と思われる。
例えば、
・教機時国抄(弘長二年=仏紀2211年、439・440頁)に云く、
「又当世は末法に入つて二百一十余年なり・・・日本国の当世は如来の滅後二千二百一十余年後五百歳に当つて妙法蓮華経広宣流布の時刻なり是れ時を知れるなり」
・開目抄(文永九年=仏紀2221年、225頁)に云く、
「末法の始に法華経の怨敵・三類あるべしと八十万億那由佗の諸菩薩の定め給いし虚妄となるべしや、当世は如来滅後・二千二百余年なり」
・観心本尊抄送状(文永十年太歳癸酉=仏紀2222年、255頁)に云く、
「仏滅後二千二百二十余年未だ此の書の心有らず、国難を顧みず五五百歳を期して之を演説す乞い願くば一見を歴来るの輩は師弟共に霊山浄土に詣でて三仏の顔貌を拝見したてまつらん、恐恐謹言。」
・顕仏未来記(文永十年太歳癸酉=仏紀2222年、505頁)に云く、
「予一たびは歎いて云く仏滅後既に二千二百二十余年を隔つ何なる罪業に依つて仏の在世に生れず正法の四依・像法の中の天台・伝教等にも値わざるやと、亦一たびは喜んで云く何なる幸あつて後五百歳に生れて此の真文を拝見することぞや」
・種種御振舞御書(建治二年=仏紀2225年、910頁)に云く、
「仏滅後・二千二百二十余年が間・迦葉・阿難等・馬鳴・竜樹等・南岳・天台等・妙楽・伝教等だにも・いまだひろめ給わぬ法華経の肝心・諸仏の眼目たる妙法蓮華経の五字・末法の始に一閻浮提にひろまらせ給うべき瑞相に日蓮さきがけしたり」

なお、さらに「余年」を調べようとすると、
「余年」から331件が検索されました。
ほかにも、「余代」から8件が検索されました。
誰か、調べてみて下さい。


[1794へのレス] Re: 二千二百三十余年 投稿者:卒業生 投稿日:2005/12/30(Fri) 21:26:00

弘安元年の御書を拝すると、
「日蓮強盛にせめまいらせ候ゆへに天此の国を罰すゆへに此の疫病出現せり・・・
抑去年今年のありさまは・いかにか・ならせ給いぬらむと・をぼつかなさに法華経にねんごろに申し候いつれども・いまだいぶかしく候いつるに」(千日尼御前御返事、七月二十八日、1313・1314頁)
この御書の冒頭に「弘安元年太歳戊寅七月六日」(1309頁)と明記してあるが、
「仏滅度後すでに二千二百三十余年になり候上」(1310頁)とも記されている。
しかるに、弘安元年は仏紀2227年である。
実は、
「而るに仏・御入滅ありては既に二千二百二十七年なり・・・仏滅後既に二千二百二十七年になり候に」(妙法比丘尼御返事、弘安元年戌寅九月六日、1407・1416頁)と明記してある御書もある。

ほかに、仏紀が合致する御書では、
「但し仏滅後今に二千二百二十二年なり」(波木井三郎殿御返事、文永十年太歳癸酉八月三日、1372頁)
「仏滅後・二千二百二十五年が間一人も唱えず」(報恩抄、建治二年太歳丙子七月二十一日、328頁)

上記の通り、大聖人は正確に仏紀を計算されていたが、
「二千二百二十余年」とか「二千二百三十余年」とか、記されたことも有る。
この用法を見る限り、仏紀2230年に満たなくとも、「二千二百三十余年」と記される場合があり、
実際の年数で同2224年(=健治元年、西暦1275年)以後であれば、「二千二百三十余年」のうちである。

因みに、
御書検索では「二千二百三」から7件が検索されました。
▼7件中 1〜7件までを表示
1.撰時抄(健治元年=仏紀2224年)
ページ番号 283ページ
仏滅後・二千二百三十余年が間いまだいでざる大長星いまだふらざる大地しん出来せり、漢土・日本に智慧すぐれ才能いみじき聖人は度度ありしかどもいまだ日蓮ほど法華経のかたうどし
2.本尊問答抄(弘安元年九月=同2227年)
ページ番号 373ページ
此の御本尊は世尊説きおかせ給いて後二千二百三十余年が間・一閻浮提の内にいまだひろめたる人候はず、漢土の天台日本の伝教ほぼしろしめしていささかひろめさせ給はず当時こそひろまらせ給うべき時にあたりて
3.法華初心成仏抄(健治三年=同2226年)
ページ番号 548ページ
問うて云く当時は釈尊入滅の後・今に二千二百三十余年なり、一切経の中に何の経が時に相応して弘まり利生も有るべきや大集経の五箇の五百歳の中の第五の五百歳に当時はあたれり、其の第五の五百歳をば闘諍堅固
4.四条金吾殿御返事(弘安元年戊寅九月十五日=同2227年)
ページ番号 1181ページ
仏滅度後・二千二百三十余年になり候に月氏一千余年が間・仏法を弘通せる人・伝記にのせて・かくれなし、漢土一千年・日本七百年・又目録にのせて候いしかども仏のごとく大難に値える
5.聖人御難事(弘安二年太歳己卯十月一日=同2228年)
ページ番号 1190ページ
仏滅後二千二百三十余年が間・一閻浮提の内に仏の御言を助けたる人・但日蓮一人なり、過去現在の末法の法華経の行者を軽賎する王臣万民始めは事なきやうにて終にほろびざるは候は
6.四条金吾殿御返事(弘安五年=同2231年)
ページ番号 1198ページ
是より已来今にいたるまで二千二百三十余年が間・吉事には八日をつかひ給い候なり。 然るに日本国・皆釈迦仏を捨てさせ給いて候に・いかなる過去の善根にてや・法華経と釈迦仏とを御信心ありて・
7.千日尼御前御返事(弘安元年=同2227年)
ページ番号 1310ページ
仏滅度後すでに二千二百三十余年になり候上・月氏・漢土・日本の山山・河河・海海・里里・遠くへだたり人人・心心・国国・各各・別別にして語かわり・しなことなれば


[1794へのレス] Re: 二千二百三十余年 投稿者:卒業生 投稿日:2005/12/30(Fri) 21:29:53

治病抄と二病抄を拝して

大白1月号81頁の解説によると、
「治病大小権実違目」(治病抄、995頁)の執筆年代について、
従来は弘安五(1282)年とされてきたが、
近年では弘安元(1278)年説が有力である。
私も、そう思う。

@76頁記載の通り、「此の法門のかたづら」(995頁)は、
「中務左衛門尉殿御返事」(二病抄、1178頁)であり、こちらは弘安元年執筆である。
日付も同じく、六月二十六日である。
内容も、この両抄だけの「身の病」「心の病」に関する御消息文である。
また御供養の品についての記録「さえもん殿の便宜の御かたびら給い了んぬ」(995頁)と、
「ときどののかたびらの申し給わるべし」(1179頁)が符合すると思われる。

A治病抄の「所謂去今年・去ぬる正嘉等の疫病等なり」(997頁)の類文を見ると、
「今の日本国去今年の疫病は四百四病にあらざれば・・・」(二病抄、1179頁)、
このほかに、
「今日本国の去年今年の大疫病は何とか心うべき・・・今日本国の者去年今年の疫病と去正嘉の疫病とは・・・」(日女御前御返事、弘安元年六月二十五日、1246頁・1248頁)
「又去年の春より今年の二月中旬まで疫病国に充満す」(松野殿御返事、健治四年戌寅二月十三日、1389頁)
「去今年は大えき此の国にをこりて人の死ぬ事・・・去ぬる寛喜・正嘉にもこえ来らん三災にも・」(上野殿御返事、弘安元年後十月十二日、1552頁)など、
健治四年(二月改元)=弘安元年の御書ばかりである。

B「而るに此の三十余年の三災・七難等は一向に他事を雑えず日本・一同に日蓮をあだみて国国・郡郡・郷郷・村村・人ごとに上一人より下万民にいたるまで前代未聞の大瞋恚を起せり」(998頁)の類文を見ると、
「某去ぬる建長五年より今に至るまで二十余年の間・遠くは一代聖教の勝劣・先後・浅深を立て・近くは弥陀念仏と法華経の題目との高下を立て申す程に・上一人より下万民に至るまで此の事を用ひず、或は師師に問い・或は主主に訴へ・或は傍輩にかたり・或は我が身の妻子眷属に申す程に、国国・郡郡・郷郷・村村・寺寺・社社に沙汰ある程に、人ごとに日蓮が名を知り法華経を念仏に対して念仏のいみじき様・法華経叶ひがたき事・諸人のいみじき様・日蓮わろき様を申す程に・上もあだみ下も悪む日本一同に法華経と行者との大怨敵となりぬ」(日女御前御返事、1248頁)
ここに「此の三十余年」とあるので、
仏教哲学大辞典第三版では、これを建長五(1253)年四月から数えて、
弘安五(1282)年が妥当と説明している。
しかし、これではむしろ「二十余年」の方が精確である。
弘安元年説より妥当とする根拠にはならないように思われる。

二病抄などの上記の諸御書がみな弘安元年で間違いないのなら、
治病抄も弘安元年の書とすべきであろう。


[1794へのレス] その他にも 投稿者:ガク 投稿日:2006/01/05(Thu) 11:49:23

御書の精読、検証、偽書判別については、平安出版の書籍でもいろいろ挑戦されていますね。
http://www.heianbooks.jp/index.html


[1786] 少子化について 投稿者:vol de nuit 投稿日:2005/12/23(Fri) 23:04:29

先日のニュースで、日本の人口が明治時代に国勢調査を実施して以来の人口自然減になり、少子化対策が緊急の課題であると報道されていました。
わたくしも、能無し頭ながら、政府がこれからの社会を想って何をしたいのかがわかります。日本人の人口が減れば・・・・
1)世代間扶助の観点に立つ年金制度が崩壊する
2)人口が減ると労働力不足・消費需要人口の減少によって経済力が劣ってくる
・・・ということがおこり、そのために、
1)育児手当の充実
2)育児休暇の法制化
3)年金保険料の値上げ
・・・などなどが急務だということのようです。

ここからはぼくの個人的な感想なのですが、はたして人口が減ることがよくないことなのか・・・また、人口減の隠された理由があるのでは・・・を。

いつも思うのです、人口が減って困ることの理由をよく見ると、すぐれてマクロ経済的な観点からのものが多いことを。また、生まれてくる子供たちの幸福をほとんど考えていないということを。「年金制度の崩壊」、「経済力の衰退」、「同世代が減ることによる、競争の衰退」などなど。この日本国に生を受け、はいはいし、よちよち歩きをし、つぶらな瞳をして夢いっぱいで生活している赤ちゃんは、結局、将来の日本国を支える人身御供でしかないのでしょうか。そう思うとき、怒りすらこみ上げてきます。

また、いまの日本国の諸問題が、人口が多すぎることによって生じているということを考えたことがあるのでしょうか。ばかみたいに高い不動産価格、労働力が不足するといいながら就職先がなく仕事がなくて泣いている若者たち、選挙制度にしても、都市部と過疎地の票の格差は5倍。参政権という点で見れば、都市住民一人は過疎地住民一人の1/5でしかありません。公民権法ができる以前のアメリカでは、アフリカ系アメリカ人(自由民)の票は白人一人の3/5しかなかったことは有名ですが、人口が多すぎる弊害をいままであれほどいっておきながら、いまになって「人口が減って困ります」とは、面白い話です。

私はいま30です。同輩たちが結婚し、子供を抱く姿を同窓会で目にします。職場で目にします。しかし、彼らは世の中がどんなものかということを知っているのです。人間がただの「使い捨て労働力」になり、しかも「あんたはこの世では塵みたいな存在なんだよ」というメッセージを与えるのが今の社会だということを。そういうメッセージを受け続けた人が親になって、自分と同じ思いを子供にさせたいと思うでしょうか。すくなくとも、私はこどもにそんな思いはさせたくありません。

少子化の理由、たくさんあると思います。ぼくよりも何十倍も賢い方たちが議論をして解決できない話ですから、ぼくがここで話すのは「釈迦に説法」の域をでない話です。しかし、うつを病み、この日本国の矛盾をちょっとではあるけど感じているぼくに言わせていただきたい。人間を、ただの「使い捨てのきく労働力」や「うんこ製造機」扱いすることをやめない限り、親たちは子供を産まないでしょう。そして、「一人の人間として扱ってほしい」というメッセージが、人口減として跳ね返ってきたと考えるのが自然ではないかと。

ぼくは、妹に子供が生まれたときに、題目をあげながら「月満御前御書」(P.1110)を読みました。涙がでました。「定めて十羅刹女は寄り合うて・うゆ水をなで養い給うらん・あらめでたや・あらめでたや、、、」。四条金吾の娘が生まれたときに大聖人が与えられた御書です。この御書をよみ、ご本尊の加護を祈りました。

小泉氏以下、公明党の議員の皆さん含め、楽しい忘年会過ごされたと思います。酔いがさめたところで、そういうことも少しは考えてほしいです。


[1767] 二人の母 投稿者:卒業生 投稿日:2005/12/12(Mon) 22:06:53

本日、ある人が、カレン・オルセンさんとローザ・パークスさんを讃えた新聞記事を教えてくれました。

カレン・オルセンさんは、コスタリカ大統領の母です。
「軍隊なき国家」の「平和への闘争」
との大見出しがつけられました。

1996年の6月、空港でフィゲレス大統領に会ったとき、
彼の胸には、日本のある大学のバッジが着けれれていたそうです。
その1ヶ月前に、来日してその大学の名誉博士になられたからでした。
「いつも着けているんです。・・・同志ですから!」

大統領執務室には、国花の蘭が、香り高く咲いていた。
まさに「蘭室」での語らいであった。
(蘭室には、安国論の意が込められていることは間違いない)

人民への奉仕と平和の樹立のために、
母は、まだ戦っている。

この記事は、千葉日報2005年8月24日12面に掲載されました。


ローザ・パークスさんは、公民権運動の母でした。
キング牧師が立ち上がったのは、彼女の「NO!」という一言でした。

声は「力」である。
時代を変え、歴史を変える「力」である。

1994年5月、彼女が名誉博士号を受賞されたとき、
歓迎の学生が歌い上げたのは、
かつてキング牧師たちと一緒に歌った「ウィ・シャル・オーバーカム」
(私たちは必ず勝利する)

そのとき、彼女の目に美しく光るものがあふれた。
以前に出会った、被爆した広島の女子学生の姿を思い出されたからだ。
「苦しむ人」の痛みを、決して忘れない人であった。

この記事は、神奈川新聞2005年9月29日4面に掲載されました。

私はこれらの記事を読んで、今、
公明党の諸君にこそ、読んでほしいと思いました。
誰か、「読み聞かせ」のできる人はいませんか?


[1767へのレス] Re: 二人の母 投稿者:正信徒 投稿日:2005/12/22(Thu) 02:28:10

私は日蓮正宗の信者ですが、学会でも、いいこと言う人がいるんですね。
感心しました。
確かに、公明党の人は、その記事を読むべきですね。

ここでは、姉歯さんの問題などはテーマ違いでしょうか。
違うなら、あえて出しません。


[1766] 哂うべし、西村真悟! 投稿者:vol de nuit 投稿日:2005/11/28(Mon) 23:37:01

「国のために命をささげる子供をつくるのが教育の目的」といったことをほざいていた西村某が逮捕された。弁護士でありながら法も守れない西村某に、教育を論じる資格なしと断言します。鬼も笑うとはこのことだ。


[1766へのレス] 同感です 投稿者:風来坊 投稿日:2005/12/02(Fri) 17:39:59

この時期の逮捕には、いくらか何らかの計算が当局にはあるのかなとは思うものの、この氏のこれまでのご言動とご行動には、政治家の方のご発言かと思える内容が多々ありましたしね。
私は、鬼の目にも涙を、いくらか期待したいところです。


[1765] 宿命転換と願兼於業の関係 投稿者:ラーメンマン 投稿日:2005/11/21(Mon) 13:00:51

こんにちは。任用試験の勉強は教えていて、本当に勉強になると毎回毎回思います。今回も本当に受験生以上に自分自身がいい勉強をさせていただきました。
さて、今回の任用試験範囲の教学の基礎の中に、宿命転換と願兼於業がありました。
宿命転換では、過去世においてつんだ業を、今世で転換できる。しかもそのまま受けるのでなく、転重軽受できる。
一方で、願兼於業では、望んで宿業を背負ってうまれてきて、宿業を打ち破ることを自分の使命として打開する。

宿命転換と願兼於業のそれぞれの意味は非常にわかるのですが、あわせて考えると相反してしまう。この二つの関係性をわかりやすく教えてくれる方がいましたら教えてください。入会間もない部員さんに説明してあげたいのでよろしくお願いいたします。

PS、やっとこのHP(jonathanさん)の趣旨にかなった投稿ができたようなきがします・・・。


[1765へのレス] 私の場合は 投稿者:ガク 投稿日:2005/11/21(Mon) 22:40:10

「宿命転換と願兼於業は、一つの事柄に対して、見る角度が違うんだよ。まず宿命ありき不幸ありきから出発する考え方と、まず使命ありきで悩みを喜んで捉える考え方の違いだよ。自分は業が深いんじゃないか?から始まる(最初は)苦しい信心と、この悩みを乗り越えたらまた自分は強くなって色んな友人を救っていけるんだ!っていう楽しい信心の違いだよ。」
って感じで高等部に話してしまいました。
教学的に正しいかどうか分かりませんが、高等部たちは納得してくれました。
(考え浅いカキコミですいません・・・)


[1765へのレス] Re: 宿命転換と願兼於業の関係 投稿者:nanasi 投稿日:2005/11/24(Thu) 10:47:11

境涯とか機根の問題かな?
どちらも現世の苦しみを乗り越えることが目的であって、
大聖人の仏法は境涯革命を訴えておられる。
転重も願兼も。
確かに矛盾しているように見えますね。

今月の大白の開目抄講義の冒頭、
真の功徳とは何か、とあります。
そこから考えてみました。


[1765へのレス] 御書の世界2 投稿者:ガク 投稿日:2005/11/25(Fri) 01:15:03

に完璧に載ってますよ!昨日みつけました。


[1765へのレス] Re: 宿命転換と願兼於業の関係 投稿者:ラーメンマン 投稿日:2005/11/25(Fri) 17:13:00

ガクさんありがとうございます。早速今晩見てみます!


[1764] 勧発品 投稿者:ガク 投稿日:2005/11/11(Fri) 01:43:44

最近、ひさしぶりに「人間革命」第一巻を読んでおります。
文庫本の77ページに勧発品の文「是の経典を受持すること有らん者は、乃至其の人若し法華経に於いて、一句一偈をも忘失する所有らば、我当に之を教えて与共に読誦し、還って通利せしむべし」が引用されています。
この文を身読された戸田先生の御境地を理論で理解することはできませんが、せめて経文に秘められた意味を少しでも知りたいと願っております。
参考になる情報や書籍などご存知でしたらご教示ください。


[1764へのレス] 法華経の智慧 6巻に 投稿者:ガク 投稿日:2005/11/25(Fri) 13:00:05

載ってました。


[1764へのレス] Re: 勧発品 投稿者:Jonathan 投稿日:2005/12/12(Mon) 17:45:34

簡単に言えば、法華経は、内心の仏性を説いているものであるから、生まれかわって、宿業等の縁によって、法華経の道からはずれる様なことがあっても、自身の仏性が、法華経への縁をた繰り寄せて、また共々に、仏道へ入っていくと、読むことができるとおもいます。


[1762] 最近の公明党 投稿者:페양(ペヤング) 投稿日:2005/10/29(Sat) 22:12:27

最近のニュースで、自民党は憲法第9条を変えようとしていることが具体的になってきましたね。

第9条1項はそのままで、第2項を変えようとしてますね。
公明党は「加憲」だったはず。どうなんでしょうか?

また「障害者自立支援法案」も通そうとしてますね。
弱いもの苛めは絶対に許せん!


[1762へのレス] Re: 最近の公明党 投稿者:マウス 投稿日:2005/10/30(Sun) 12:00:37

9条に関しては、先生が度々一般紙にて「9条を変えてはいけない」と発言されていますね。
熱烈な公明支持者?は、どうでるか危惧するところです。
「障害者自立支援法案」も福祉の党であれば、反対にでると思いますが、やはり自民党のいいなりになる?(保管勢力)なのでしょうか?

http://www.asahi-net.or.jp/~wg3a-ymnk/lo00.html


[1762へのレス] Re: 最近の公明党 投稿者:卒業生 投稿日:2005/10/30(Sun) 21:36:33

10月30日付2面によると、
「当選したものが、
民衆のために、
国家のために、
人類のために、
いかに嵐を受けながら、
奔走するかということなのだ。
それを皆で見守っていきたい」
(昭和31年の参院選支援の後で)

黙って、皆で見守っているしかないのか?
それでは、のさばるはずだ!


[1762へのレス] 卒業生さん 投稿者:ナウシカ 投稿日:2005/10/30(Sun) 23:54:29

ほんとそうですよね〜
選挙以外の日では、結構批判めいたこと言ってても、いざ選挙になると全面的に勝つためだけに全面支援する人がいますから、どうしようもありませんよね(-_-;)

やれ法戦だ、先生の仇討ちだ、広宣流布のためだ、福運を積むためだ!って…
結局そんな盲信・狂信信者の責任でもありますよね(-_-#)

http://blog.kansai.com/asakura


[1762へのレス] Re: 最近の公明党 投稿者:卒業生 投稿日:2005/10/31(Mon) 12:57:26

10月31日の2面によると、
「私が体験した最も劣悪な政治は、太平洋戦争中の日本の政治である。・・・」

60年後、同じように日本の政治を、最も劣悪なものにしているのが、・・・である。
果たして、彼らは仏法を知るや知らずや?
仏法の慈悲の精神を、仏法の極意を、王法に具現せんとしているや否や?

国民には「100年安心」とうそぶきながら、
自分達は「本当に老後の保障は大丈夫か」とあわてふためく。
こんな政治に誰がした?

ところで、週刊座談会(4面)では、「欠陥商品」について語っているが、その評価基準で自分達の「商品」も、一字一句よくよく見直せ!
秋谷君!
読者は、お金を出して、新聞を買うんだ。


[1762へのレス] Re: 最近の公明党 投稿者:Jonathan 投稿日:2005/11/02(Wed) 16:42:43

「障害者自立支援法案」は、修正なしで、もう通って、来年四月から施行です。


[1762へのレス] 障害者自立支援法案 投稿者:ドギー 投稿日:2005/11/05(Sat) 14:17:05

最近、障害者やその家族の皆様がこの法案に対して涙するのをテレビで見ました。。。公明党は遂にやっていけないことをやってしまったと痛感しました。
支持する人たち(主に学会の活動家の皆様)は「仕方の無い事」「何か考えがあってのこと」と妥協と想像で現実から目を背けているとしか思えなく、もしそうであるとしたら単なる甘やかしであって、選挙に勝てればいい、与党として公明党が政権を手放さなければいいとしか考えてないとするならば、それは「間違いだ!」とハッキリ言える。
今現在のドギーのレベルでどれだけのことが出来るか分からないが、今後も「監視」という戦いは続きます。


[1762へのレス] 最近の公明党 投稿者:スミダー 投稿日:2005/11/07(Mon) 21:11:37

障害者自立支援法はほんの序の口です。もっとえぐい法案が出てきますよ。安楽死(尊厳死)法案が用意しているらしい。国家社会に役に立たない者は死ねということです。日経連の奥田会長が言っていることです。その法案にも何だかんだと理屈を言って公明党は賛成するでしょう。ナチズムと同じ軌道をこの日本は走り始めているのです。それは確実に戦争への道、軍国主義への道でしょう。はっきり言えます。20年以内に徴兵制度が復活します。民主党政権になってもそれは同じです。

http://hccweb1.bai.ne.jp/sumida.


[1762へのレス] Re: 最近の公明党 投稿者:健一 投稿日:2005/12/06(Tue) 04:35:42

はじめまして。山口県の学会員です。
私は憲法9条2項改正には賛成です。
その根拠は国際連合憲章の第51条〔自衛権〕
この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。

9条2項で自衛権の明記は当然のことと思います。ただ集団的自衛権の明記には反対です。


[1761] 自衛隊は「役に立っている」か? 投稿者:卒業生 投稿日:2005/10/23(Sun) 14:40:08

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051023-00000029-kyodo-intによりますと、
英米軍への攻撃、45%支持 イラクで世論調査
 【ロンドン23日共同】英国防省がイラク国民を対象に実施した秘密の世論調査で、回答者全体の45%が駐留英米軍に対する攻撃は正当化されると考えていることが分かった。23日付の英紙サンデー・テレグラフが伝えた。
 英米など多国籍軍がイラクの治安改善に役立っているとの答えは1%足らずで、南部サマワに自衛隊を派遣している日本政府にとっても無視できない結果だ。
 調査によると、英米軍に対する攻撃を支持するとの回答は、英軍が管轄する南部マイサン州では65%に達した。サマワを含むムサンナ州の数字は不明。
 多国籍軍の駐留に「強く反対する」としたのは82%で、3人に2人は駐留によって治安が悪化したと答えた。
(共同通信) - 10月23日10時34分更新

この分では、サマワに駐留する自衛隊が人道復興支援に「役立っている」と本気で思っているイラク国民も1%足らずに違いない。


[1761へのレス] 公明党は「役に立っている」か? 投稿者:卒業生 投稿日:2005/10/26(Wed) 01:15:09

(共同通信) - 10月25日12時5分更新によりますと、
外観上宗教目的なしは合憲 首相靖国参拝で政府答弁書
 政府は25日閣議決定した答弁書で、小泉純一郎首相の靖国神社参拝に関連し、仮に公式参拝であっても戦没者追悼の目的で行い、宗教上の目的ではないことが外観上も明らかな場合には、憲法20条3項の禁じる国の宗教的活動には当たらないとの見解をあらためて示した。
 民主党の野田佳彦衆院議員の質問主意書に対する答弁書。公式参拝について「国民や遺族の多くが靖国神社において国を代表する立場にある者が追悼を行うことを望んでいるという事情」を踏まえ、「追悼を目的とする参拝であることを公にするとともに、神道形式によることなく追悼行為としてふさわしい方式で追悼の意を表する」ことで、憲法には反しないと指摘している。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051025-00000090-kyodo-pol

このような詭弁を弄する政府見解でも閣議決定されたということは、
公明党から入閣している北側大臣もこれに同意したということは、
公明党も了承の上だったと言うことは、
当然、・・・・も了承していないはずがないということは、
・・・ということだ。

本当に、そんなことでいいのかね?
竹内君!


[1761へのレス] Re: ・・・・は「役に立っている」か? 投稿者:卒業生 投稿日:2005/10/29(Sat) 10:21:48

今日の名字の言(哉)に云く、
「第2次大戦中、日本のほとんどの宗教は戦争に協力した。
戦争を賛美し、協力どころか推進した宗派もある。
対して、創価学会は軍部に抗して、初代会長は獄死している。」
これは、事実ではあるが、60年前の話である。

60年後の今、イラク戦争を目前にして、
「では、どの宗派が、どのような平和への主張をしているか、具体的に知っている?」
日本のほとんどの宗教は戦争に反対している。
ところが、戦争を賛美し、協力どころか推進している宗派もある。
「現実の姿を直視すれば、明確な『違い』が浮かび上がる。」

これが、栄光の創立75周年の名字の言である。
ここまで、厚顔無恥も極まったか。
これを、獄死された牧口先生が読まれたら、再び悶死されるに違いない。

それとも、貴方が対話した「友人」とは、学会員のことですか?
それなら、彼が黙り込んでしまうのも、無理はない。

例えば、
2005年10月26日(水)「しんぶん赤旗」によりますと、
宗教者が平和会議
「憲法守り生かそう」の訴え採択
 日本宗教者平和協議会は二十四、二十五の両日、東京で「二〇〇五日本宗教者平和会議」を開き、「平和憲法を守り生かそう」との訴えを採択しました。訴えは、憲法九条を「世界の文明構築に普遍的な意義を明示し、指針を示した」ものと述べ、九条擁護を呼びかけた「宗教者九条の和」を宗教者や信者に知らせ、賛同を広げようと呼びかけています。
 同会議は国連軍縮週間に連帯して毎年開いているもの。「九条の和」呼びかけ人世話役の村中祐生大正大元学長(天台宗)と山本俊正日本キリスト教協議会総幹事が講演しました。
 村中氏は靖国問題を例に、戦前の国家神道のように一つの価値に統制しようとする気配があると警告し、多様な宗教の対話による平和の土壌づくりを呼びかけました。山本氏は、「過去の戦争について日本に必要なのは『謝罪』でなく『悔い、改める』こと。その証しとして誕生した憲法九条改悪を許さないこと」と述べました。
 鈴木徹衆宗平協理事長(真宗大谷派)が、戦後六十年に当たり「反戦平和を叫んだ先人の勇気に学びたい」と開会あいさつをし、矢野太一副理事長(天理教)が「今日の学びを行動で示そう」と閉会あいさつをしました。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-10-26/2005102614_01_2.html

因みに、本日の社会面(10.11面)には、自民党改憲案(「新憲法草案」)について一言もない。
自公連立が、よほど大事らしい。それゆえか、「公明枠」のことはシッカリ銘記してある。
「わらふなるべしわらふなるべし」(佐渡御書、961頁)

言うまでもないことですが、気分は「涙そうそう」です。


[1761へのレス] Re: ・・は「役に立っている」か? 投稿者:卒業生 投稿日:2005/11/06(Sun) 01:07:12

毎日新聞長崎版(11月5日)によりますと、
長崎原爆:故永井博士の平和への思い 心に刻み祈念式−−山里小 /長崎
 長崎原爆で1300人余りの児童や教職員が亡くなった長崎市橋口町の山里小学校(上口耆英(じょうぐちつよひで)校長、603人)で2日、平和祈念式があった。「長崎の鐘」などを執筆し平和への願いを発信し続けた故・永井隆博士らにより同小校庭に「あの子らの碑」が設置されたのを機に毎年開いており、今年で56回目。
 上口校長や児童代表らが献水や献花をして被災した児童らの霊を慰め、「進もうよ みんなの心をつないで 平和の道を」というメッセージを一文字ずつ書いた花輪をささげた。上口校長は「博士の平和への強い思いを受け継ぎ、引き継いでもらいたい」などとあいさつした。
 原爆直後、看護師として博士と共に負傷者の治療に当たった久松シソノさん(81)は、博士が自分の子どもたちに

「一人になっても戦争に反対するんだよ。戦争は本当にみじめなんだよ」

と口癖のように言い聞かせていたことなどを話した。
 児童代表の6年、渡辺皓太君が「博士が残された『如己愛人』という言葉が強く心に残りました。世界が平和になってほしいと思うようになりました」と作文を朗読。この後、児童らは博士作詞の「あの子」を全員で合唱し平和の思いを心に刻んだ。【横田信行】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051105-00000190-mailo-l42

私も、永井博士のこの口癖を、命に刻みたいと思います。

それにつけても、・・の不甲斐なさよ。

(今回の本幹中継をご覧の方は、あの場面を忘れられないと思います。私の見た感じでは、一人は森中君であったような気がしました。あるいは、人違いかも知れません。)


[1760] 世論誘導なのか・・・? 投稿者:風来坊 投稿日:2005/10/22(Sat) 12:11:42

今朝、某放送局の某番組で、「総理の靖国参拝と中・韓の反応その他」「年金について」「自衛隊」などについての、討論(コメンテーターとして並んでらっしゃる方々の中に、強いて強硬な反対論者がいないので、討論と呼んでも良いかどうか迷ったけれど、言葉が見つからないので、討論と書いておきますね)してました。

靖国の件とアジアでの外交についてや、他の件は、意外とまともな中立もしくは今後の日本の政治にプラスになるような展開でした。
ところが、「自衛隊を自衛軍という呼び名に変えた方が良い」という意見が続出。びっくりしましたねえ。

それと、思い出した番組があります。昨年でしたでしょうか。同じ某放送局の番組の中で、激しくいろんな方が論争をぶつけあってる様子でした。
話の展開が、一方の方向に進んでいきます。そして、それとは全く違う意見を述べる人は、たったの一人でした。
今朝のも、同じく違う意見の方が一人。それもそのはずです。席に並んでらっしゃるコメンテーターの皆さんの中には、何人か政治家(まだ政治家と呼べるかというような方も)の方がいらっしゃいましたが、自民と民主のみでした。公明も社民、共産の方も呼ばれてません。議員さんを並べるなら、与野党はもちろん両方の意見が得られるように設定して、並べて欲しいものです。
又、どこの放送局かは忘れましたが、何回かそのような場面を見ました。

こういう想定の番組を、特別の問題意識を持たない視聴者の方々には、どのように映るでしょうか?
これは、あくまでも私の想像に過ぎませんが、恐らく、多数意見の考えが正しいと映るでしょうね。大きなテレビ画面の中の、10人いれば、8人ないし9人もの人がそう考えるなら、自分もその考えでいた方が安心だと思い込むでしょう。
多数決の際、意見がどちらか判断に迷った人が、手をあげている人数が多い方に賛成の手をあげるようなものです。
少ない意見、小さい意見の中にいる事の不安感。日本人独特の心細さを感じるのですね。

こういう番組が、増えれば増えるほど、私は恐ろしいと思いました。嫌な空気を朝から感じてしまいました。
テレビの持つ力、ラジオの持つ使命。新聞は?書籍は?
根本に「中立」を起きながらも、市民に希望を送り続けるものであって頂きたい。見る人が不安を抱くような番組構成は、お止め頂きたい、心からそう願わずにいられない今朝の空模様でした。


[1760へのレス] Re: 世論誘導なのか・・・? 投稿者:卒業生 投稿日:2005/10/22(Sat) 14:09:30

私は、いわゆる護憲派なので、
今朝、社民党と共産党に下記のようなメールを送りました。
国会の党首討論からして、
この国には自民と民主しか政党がないかのごとき有様です。

社民党(共産党)御中
先日の党首討論を見て思うのですが、
改憲論者の小泉VS前原だけの討論を聞きたくはない。
この際、護憲派として共産党(社民党)と共同会派をつくり、交替で党首討論にも参戦できるようにしたらどうか?
当面の戦術的な対応としては、黙って見ているだけよりベターだと思えます。
実は、同様のメールを共産党(社民党)にも送りました。


[1759] 小泉総理の「真意」 投稿者:卒業生 投稿日:2005/10/18(Tue) 12:52:48

小泉総理の「真意」を産経新聞(10月18日)が下記のように伝えました。

十七日は、靖国神社の最重要行事である秋季例大祭の初日。歴代首相の参拝日は春秋の例大祭時が通例だったほか、郵政民営化法が十四日に成立、外交日程が立て込む前に参拝を済ませた方が、対外関係への影響を最小限に抑えられるとの読みがあった。
 「一人の国民として心を込めて参拝した。二度と戦争を起こしてはならないという不戦の決意で祈った。日本はこれからもアジア諸国との関係を重視していきたい」
 首相は十七日昼の政府・与党連絡会議でこう参拝の「真意」を口にした。だが、おさまらない神崎代表は「中国などの反発が強まる」と迫った。
 平成十三年の就任時、「いかなる批判があろうと必ず八月十五日に参拝する」と明言した首相。この年は「どうしても十五日は避けてほしい」との中国のメッセージを受け、二日早めて参拝した。翌年は春の例大祭に合わせて四月二十一日に参拝。十五年は一月十四日、十六年は元日に参拝したが、参拝日をずらしても中国側はかたくなだった。
 ◆中国は「前提」
 「いつでも、いつがいいか考えていた」
 昨年元日の参拝時、首相は記者団に悩ましい心境を吐露している。「心ならずも戦地で倒れた方々や、やむをえず戦場に行かれた方に哀悼の意を表明している」と説明してきたが、中国側は聞く耳を持たない。
 一方で、首相サイドは昨年十一月のラオスとチリ、今年四月のインドネシアと過去三回開かれた日中首脳会談の前に「首相は時期は別として、靖国神社を参拝する。それでもいいなら会談を受ける」と非公式に打診していた。
 それでも中国側が会談に応じたのは、表では国内向けに靖国参拝を批判はするが、裏では首相の靖国参拝をあきらめ、他の課題について協議する損得勘定をしていたためともいえる。
 このため、中国が、歴史問題で日本に踏み絵を迫り、「日本より優位に立つための口実に過ぎない」(周辺)と首相が見切っていたフシがある。
 首相は周囲に「靖国で譲れば日中関係が円滑にいくなんて考えるのは間違いだ。靖国の後は教科書、尖閣諸島、石油ガス田…と次々に押し込んでくる」と漏らしており、中国に強い警戒感を抱いている。
 ◆昇殿せず
 衆院議員初当選から三十年以上にわたり、ほぼ毎年、靖国参拝を続けている首相。愛読書の一つは、特攻で散った学徒兵の遺稿集『ああ同期の桜』であり、国会で「特攻隊の青年たちの気持ちに比べれば、こんな(首相としての)苦労は何でもない」(十三年五月の参院予算委員会)と述べたこともある。
 「本来、心の問題に他人が干渉すべきじゃない。ましてや外国政府が、日本人が日本人の戦没者に、あるいは世界の戦没者に哀悼の誠をささげるのを、いけないとか言う問題じゃない」
 首相は十七日夕、記者団にこう言い切った。日本の内政問題である靖国参拝に干渉してくる中国や韓国を強く牽制(けんせい)したのだ。中国は今年、王毅駐日大使らが、「日本の政界、財界、マスコミを回って参拝中止への協力を呼びかけた」(自民党幹部)とされる。
 この日の参拝は、大阪高裁が傍論で違憲判断を示したこともあり、神道色を薄めるため昇殿参拝は行わず、私費による献花料の支払いもしなかったが、参拝すること自体は譲らなかった。
 「(来年の参拝も)適切にこれからも判断していきたい」
 首相は来年、「公約」だった八月十五日の参拝を果たすのか。九月の自民党総裁任期切れを待ってから参拝するのか。
 首相は最近、「中国は、日本人の心の問題にまで踏み込んだことを後悔するだろう」と周囲に語っている。
(以上、記事より)

「ああ、無謀」と言わざるを得ない。
小泉首相の「真意」も分からないではないが、
郵政民営化法案にせよ、靖国参拝にせよ、どちらも国民の総意ではない。
自民圧勝と言われた先の「郵政」総選挙で、議席に反映されなかった国民の声(死票)も、無視してはならない。
実際は、郵政民営化も参拝も、それを認めるのは国民の半数にも満たなかったのだから。
慎むべきである。

日本人の心の問題も、もちろん、大事である。
しかし、同様に、中国や朝鮮などアジアの人びとの心も大事にすべきだ。
このままでは、再び中国や朝鮮と戦火を交えることに、なりかねない。
それが貴方の真意かも知れないが、国民の大多数はそれを望んでいないはずだ。
靖国神社は、過去の遺産として残してもいいが、国が護持していくべきものではない。

策や奇襲で先勝しても、後の大敗は免れない。
最後には玉砕しかなかったことを、忘れてはならない。
特に戦後生まれの国民は、このことを肝に銘じておくべきである。
小泉首相の上辺の言葉を、迂闊に信用してはならない。
今まさにイラクに派遣されている自衛隊を、「特攻隊」にしないためにも。

ところで、
公明新聞:2005年10月18日付では、
 公明党の神崎武法代表は17日午前、国会内で記者団の質問に答え、小泉純一郎首相が同日、靖国神社を参拝したことについて大要次のような見解を述べた。
一、A級戦犯が合祀されている靖国神社への首相の参拝について、公明党は従来から「遺憾だ。自粛すべきだ」と申し上げてきた。本日17日に首相が参拝したことは、誠に残念だ。
 参拝方式は従来と異なり、私服で拝殿(前)での礼拝の方式をとった。これは先の(大阪)高裁での違憲判断を念頭に置いて対処されたと思う。そうだからといって、アジア諸国民の批判は消えないし、参拝によっていろいろな批判が巻き起こる恐れもある。
 その意味では、首相として、靖国参拝を危惧している国民の皆さん、さらにアジア諸国民に対して、なぜ今回参拝されたのか、真意はどこにあるのかをしっかり説明していくことが大事だ。
一、公明党はかねてから、宗教的に中立な国立追悼施設を造るべきだと申し上げてきた。ぜひ、この問題を解決するためにも、来年(2006年)度予算に向けて(追悼施設建設のための)調査費を計上するよう強く求めていきたい。
一、(自公の連立関係への影響について)多少は影響があると思うが、これで連立を解消するとかいうことはない。政党が違うので一致しないことも当然あり、筋論としてこちらが正しいと思えばきちんと申し上げる。最終的にどう判断されるかは首相が判断されることだ。
一、(アジア諸国への影響について)大変に心配している。特にこれからアジア外交がめじろ押しなので、中国や韓国がどういう反発をするか心配だ。
(以上、記事より)

さて、聖教新聞(10月18日10面)では、
「連立政権への影響に関しては、多少は影響があると思うが、これで連立を解消するということはない」と明記した。
これでは、参拝OKの表明に他ならない。

靖国参拝やら、イラク参戦やら何事にも「誠に残念」で済ませるらしいが、これでは神札がいくらあっても足りない。
世間でも「仏の顔も三度まで」と言われているが、
学会創立75周年の「・・会長の時代」は何度でもOKらしい。今でも「・・先生の時代」ではないのか?
もはや、過去の栄光か?
シモン・ボリバルの魂が輝くことがあったにしても、
牧口先生、戸田先生は泣いているぞと申し上げたい。


[1759へのレス] まったく、、、 投稿者:vol de nuit 投稿日:2005/10/19(Wed) 01:22:42

ちなみに、いまの外務大臣のおやじは、戦前の特高警察官で、学会弾圧をやったそうです。ヘリがあたって真っ黒になった沖縄国際大学をみて能天気なことをいったのは、おやじ譲りなのでしょうか?中国人としては、特高警察官の息子と同席するだけで虫酸が走るのかも、、。僕としては、特高警察官や、岸信介らのA級戦犯はみな、自分が与えたのと同じ苦しみを味わって死んでもらいたかったのですが、のうのうと天寿を全うしたらしく、まったく持って慶賀にたえません(←もちろん、ほめ殺し)。神仏も判断が狂うのでしょうか?ちなみにそういう人間は仏敵リストにはあがってないですね。まぁ、外相についてはおやじの犯罪だから、無理もないか。


[1759へのレス] Re: 小泉総理の「真意」 投稿者:卒業生 投稿日:2005/10/19(Wed) 20:05:17

(あるMLからの転載です。)
本日の寸鉄によると、
世界の学府で・・・嫉妬日本は愚鈍。

そう言えば、18日付3面にも、
創価の大行進は、・・・日本よりも、むしろ世界で注目され、評価されている面がある。

なぜ、日本で評価されないか?
私見ながら、言うことと、やってることが違うからでしょうね。
善悪はともあれ、彼は言ったことは、断じてやっているように見える。
世間様から見れば、こちらは、黙認である。
信用される訳がない。

嫉妬だけだと思ったら、大間違いだ。
世間様を甘く見るな!

初代、二代がご健在なら・・・
「殺されても、神札は受けない」と言ったはずだ。

いやはや五代目ともなると、「政治の安定」(連立護持)が最優先ですか。
現職総理の靖国参拝は、学会公認の「私的」参拝で問題なしですか。
対イラク戦争は、学会公認の「正義」の戦争ですか。
(この場合の公認とは、世間から見て容認ないし黙認しているという意味です。)

今、国会で「平和憲法の遵守」を主張しているのは、誰か?
残念ながら、公明党には見当たらない。

例えば、共産党の不破哲三議長は最近、次のような講演をしたようだ。
「憲法九条改定論の三つの盲点」
速報http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-10-18/2005101801_03_1.html
詳報http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-10-19/2005101925_01_0.html

世間から見て、今、誰が「21世紀への平和路線」を唱えているのか?
私が見ても、答えは明白だ。
党利党略があるのは、もちろんだが、人類普遍の理想じゃないか!


[1759へのレス] Re: 小泉総理の「真意」 投稿者:卒業生 投稿日:2005/10/20(Thu) 14:33:10

昔、読んだ本に、こう書いてありました。

戦争ほど、残酷なものはない。
戦争ほど、悲惨なものはない。
だが、その戦争は、まだつづいていた。
愚かな、指導者達に、ひきいられた国民ほど、あわれなものはない。

これは、昭和20年7月頃の戦争を記したものだ。
しかし、平成17年10月頃にも、かの地では戦争がつづいている。
その戦争に、平和憲法を掲げる国からも軍服を着た人たちが、
愚かな、指導者達によって派遣されている。
万一、その人たちが斃れた場合に備えてか、総理と呼ばれている人は、毎年1回、彼らを祀るべき神社のお参りだけは欠かすわけにはいかなかった。
今も、重苦しい空気が、人びとの「心」をしめつけている。


[1759へのレス] Re: 小泉総理の「真意」 投稿者:卒業生 投稿日:2005/10/21(Fri) 10:37:45

若き日の名誉会長の記録帳から(10月21日付3面より)

青年よ「丈夫の心」で 一生涯を勝利の歴史で飾れ

特に、
「権威を恐れていては、民主主義が破壊される。
それでは、犠牲になる民衆がかわいそうではないか。
あくまでも主権在民である」

「和合僧を尊重して、我見や増上慢の幹部や議員を叱り飛ばし、
異体同心の理想的な広宣流布の前進へと戦う人こそが、
信心強盛な仏法者である」

「悪党に騙されぬように、
また悪党に撹乱されぬように、
命懸けで監視の目を光らせていくことだ。
そして、必ず追放していくことだ」

これほど明瞭に、戸田第2代会長から厳命されていたのに、
なにゆえ、T・AやY・Aを、のさばらせたのか?
今また、K・AやF・Uを、のさばらせているのか?
そして、なによりK・Oを、のさばらせるのか?


[1758] 目の前の「動き」 投稿者:卒業生 投稿日:2005/10/08(Sat) 00:37:57

(あるMLからの転載です)
産経新聞10月7日
愛国心、国防に決意 立党以来の保守色反映
 自民党新憲法起草委員会が、今月中に決定する党憲法改正草案の前文の素案概要が7日、明らかになった。「国を愛する国民の努力で国の独立を守る」との表現で、愛国心とともに国防への決意を表明した。
 立党以来の同党の主張を反映させたもので、いずれも現行憲法の前文には含まれておらず、保守色の濃い内容。起草委は同日、党本部で開いた前文小委員会(委員長・中曽根康弘元首相)で素案を提示。この日出された意見などを基に中曽根氏と安倍晋三委員長代理が文案を最終調整する。
 素案は国の原理について、基本的人権を尊重する民主主義国家と規定し、「国政は国民の信託に基づき、国民の代表が担当し、成果は国民が受ける」と国民主権を明確化。平和主義についても「平和を堅持していく」と明記し、現行憲法の3原則を堅持する姿勢を鮮明にした。天皇については「国民統合の象徴」と位置付けた。
 国の目標については、日本は「公正で活力ある社会の発展」と「教育の振興と文化の創造」を目指していくとした。地方分権の流れを踏まえ「地方自治の発展を重視」するとの表現も入れた。
 さらに「国際社会で圧政や人権侵害をなくすための不断の努力を行う」「美しく豊かな地球環境を守る」と、国際貢献への積極姿勢を強調。結語として、日本が「大日本帝国憲法と日本国憲法で発展したことを深く認識」し、「日本国民の名でこの憲法を制定する」と、自主憲法であることを訴えた。
 また「アジアの東、太平洋と日本海の波洗う」と、日本の地理的位置付けに言及。「和を尊ぶ」精神などにも触れ、日本の歴史、伝統、文化、自然なども盛り込んだ。(共同)

自民党改憲案によると、愛国心と国防は国民の義務になりそうです。

この件について、ビデオニュースもあります。
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn/20051007/20051007-00000059-jnn-pol.html
「憲法前文」、自民党最終案判明
 自民党が検討している憲法改正草案の冒頭の文章を入手しました。憲法の顔とも言える前文ですが、自民党の最終案がJNNの取材で明らかになったものです。
 国会では6日、憲法改正の具体的手続きについての議論が始まったばかりですが、7日朝は自民党の新憲法起草委員会の前文についての小委員会が開かれました。
 今回JNNの取材で明らかとなった自民党の新憲法草案の前文は、「日本国民はアジアの東、太平洋と日本海の波洗う美しい島々に〜」という書き出しで始まっています。
 前文はまず、国民統合の象徴としての天皇の地位を明記した上で、「和を尊び」「独自の伝統と文化を作り伝え」など、自然、文化、歴史など、日本という国の成り立ちをうたっています。そして国民主権、基本的人権の尊重、国際協調という国家の3大原則を規定。
 さらに、国家の目標も記されていますが、国際社会との関わりが福祉や教育よりにも前に置かれ、他国との連携にも触れるなど、国際平和に積極的に関与していく姿勢を鮮明にしています。
 内政については地球環境保護の姿勢を打ち出し、条文で盛り込まれる見込みの環境権と連動し、「新しい時代の憲法」という色合いを出しています。
 そして最後に明治憲法、昭和憲法の果たしてきた役割について触れた上で、占領下に制定された現行憲法との違いを強調するため、日本国民が自らの手でこの憲法を制定すると宣言しています。
 (Q.自民党案の狙いは)
 「国民投票で通りやすいことが1つ、もう1つはなんといっても国会の3分の2をとるためには民主党と合意できなければならない。今の民主党の顔ぶれを見る限り、復古調では通らない。しかし、こういう日本国憲法の改善・向上という意味であれば、今の民主党はのってくると思うんですね。そこに狙いがあると思いますね」(慶応大学 小林 節教授)
 「自由とか民主主義とかもちろん強調しているんですけれども、それに加えて、天皇とか愛国心ということを入れることによって、新しい自民党の目指す国づくりの方向を出そうとしていることだと思うんですね」(一橋大学渡辺治教授)
 この前文最終案は、微調整の上、早ければ来週12日の憲法起草委員会の全体会議で示され、今月28日には正式に決定される見通しです。憲法の顔とも言われ、基本理念を示す「前文」の自民党案が明らかになったことで、今後、改正憲法の中身の議論も加速しそうです。
(7日17:57)[7日19時18分更新]

ところで、
時事通信10月6日
韓国与党党首「自民圧勝で右傾化憂慮」=公明幹部、「その兆候ない」
 来日中の韓国与党、ウリ党の文喜相議長(党首)は6日、参院議員会館で神崎武法代表ら公明党幹部と会談した。この席で文氏は「衆院選での自民党圧勝で(日本が)右傾化、軍国主義化するのではないかと憂慮している」との懸念を表明。これに対し、太田昭宏幹事長代行は「わたしも危ぐしているが、その兆候はない。そういう動きが出てくる前に対応したい」と応じた。

公明新聞:2005年10月7日付では、
 公明党の神崎武法代表は6日、参院議員会館で韓国与党、ウリ党の文喜相議長(党首)一行の表敬訪問を受け、和やかに懇談した。太田昭宏幹事長代行らが同席した。
 冒頭、神崎代表は、日韓関係が今年に入りギクシャクしていることに遺憾の意を示し、「両国間の障害を一つ一つ解決し、日韓関係が未来志向で進むことを期待したい」と強調。永住外国人への地方選挙権付与法案の成立などに党を挙げて取り組むと訴えた。
 文議長は、今年(2005年)6月の日韓首脳会談での合意事項に触れ、教科書問題を取り上げる第2次歴史共同研究と、新たな無宗教の国立追悼施設の建設について、公明党に協力を要望。衆院選での自民党圧勝による右傾化への懸念も表明し、公明党に歯止め役を期待した。
 これに対し、神崎代表は「研究会をバックアップしていく」と述べ、追悼施設についても「政府との予算編成で求めていく」と応じた。また、太田幹事長代行は、右傾化への懸念に対し「そういう動きが出てくる前に対応したい」と述べた。

兆候どころか、目の前に「そういう動き」があるように、私にはハッキリ見えますが、・・・

これって、本気だろうか?
建前にしても、あまりにも「誠意」と「緊張感」のない発言だ!


[1758へのレス] Re: 目の前の「動き」 投稿者:卒業生 投稿日:2005/10/08(Sat) 01:32:04

参考のために

自民党新憲法起草委員会の前文小委員会がまとめた前文素案(全文)は下記の通りです。

 日本国民はアジアの東、太平洋と日本海の波洗う美しい島々に、天皇を国民統合の象徴としていただき、和を尊び、多様な思想や生活信条をおおらかに認め合いつつ、独自の伝統と文化をつくり伝え、多くの試練を乗り越えてきた。

 日本国は、主権を持つ民主主義国家で、国政は国民の信託に基づき、国民の代表が担当し、その成果は国民が受ける。

 日本国は、自由、民主、人権、平和、国際協調を国の基本として堅持し、国を愛する国民の努力によって国の独立を守る。

 日本国民は正義と秩序による国際平和を誠実に願い、他国とともに協力し合う。国際社会において、圧政や人権の不法な侵害をなくすため不断の努力を行う。

 日本国民は、自由とともに公正で活力ある社会の発展と国民福祉の充実を図り、教育の振興と文化の創造と地方自治の発展を重視する。自然との共生を信条に、美しく豊かな地球環境を守るため力を尽くす。

 日本国民は、大日本帝国憲法および日本国憲法の果たした歴史的意味を深く認識し、現在の国民とその子孫が、世界の諸国民とともに、さらに正義と平和と繁栄の時代を内外につくることを願い、日本国の根本規範として自ら日本国民の名においてこの憲法を制定する。


[1758へのレス] Re: 目の前の「動き」 投稿者:卒業生 投稿日:2005/10/08(Sat) 09:20:50

これも、目の前にある「そういう動き」に見えます。
ブレーキどころか、アクセルを踏んでいる。
もちろん、牧口先生、戸田先生が御存命なら、
「・・先生の時代」には考えられないことでしたが、
今は「・・会長の時代」です。

http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20051008/mng_____tokuho__000.shtmlによりますと、
東京新聞10月8日付「特報」
共謀罪 3度目の国会提出
 実際に罪を犯していなくても、話し合っただけで罪に問われる「共謀罪」。衆院解散で廃案となったこの「共謀罪」を盛り込んだ組織犯罪処罰法などの改正案が、今国会に提出された。3度目の提出だが、衆院で圧倒的多数を占める与党は、その余勢を駆って今回こそは、と法案成立を狙う。米国では「共謀罪」の乱発が問題になっているともいう。その実態は−。
 先月二十六日、米国はニューヨーク州のビンガムトン地裁。「本件起訴の罪状のうち、共謀罪は適用されない」。判事のこの判断に被告、弁護側は沸いた。
 連邦政府・司法当局から訴えられていたのは「カトリック労働者運動」の反戦活動家四人。四人はイラク戦争直前の二〇〇三年三月十七日、同州内の徴兵センターのロビーで壁や星条旗に自分たちの血液をまき、戦争反対を訴えた。
 被告らは「劣化ウランなどにさらされる戦場とかけ離れたセンターの宣伝に対し、血によって戦争の現実を訴えたかった」と動機を語った。だが、司法当局は四人を不法侵入、器物損壊、さらにその双方の共謀罪で起訴していた。
 米誌によると、反戦活動家に共謀罪が適用されたのはベトナム反戦運動以来。問題は共謀罪を除けば最高刑で懲役十八月だが、共謀罪が認められれば、懲役六年と量刑が一気にはね上がる点だった。最終判決は来年一月に言い渡されるが、今回の地裁の判断で重罪は免れた形だ。
■マーサさんも禁固5月判決
 しかし、米国では共謀罪の適用は珍しくない。カリスマ主婦で一世を風靡(ふうび)し、その後、株式のインサイダー取引に絡み、昨年、実刑判決を受けたマーサ・スチュワートさんも適用を受けた。マーサさんは当初、偽証罪で逮捕されたが、再逮捕の容疑と起訴の罪状は虚偽供述罪、司法妨害罪とその二件の共謀罪に証券詐欺罪。うち四件で有罪となり、禁固五月の判決を受けた。
 このほかにも、先月二十八日に起訴された共和党院内総務(辞任)のディレイ氏にも政治資金違法流用罪とその共謀罪を適用。〇一年に経営破たんした米エネルギー大手エンロン社の不正会計事件、人気歌手マイケル・ジャクソンさんの性的虐待事件、日本人医師に嫌疑が掛けられた遺伝子スパイ事件、アブグレイブ刑務所のイラク人虐待事件、さらにはクリントン前大統領の弾劾でも司法妨害の共謀罪が問われた。
 先月、米国シカゴで司法の実情を視察した山下幸夫弁護士は「米国では日常的に行使されている。共謀罪をセットで適用させることで、刑を重くすることが狙いだ」と指摘する。
 米国の共謀罪について、関東学院大法学部の足立昌勝教授(刑事法学)は「話し合っただけではなく、何らかの行為(顕示行為)が伴う場合、適用される。しかし、それは何らかの行為であって、犯罪行為そのものではない」と説明する。
 米国では、この刑法の共謀罪とは別に、盗聴などもできるリコ(RICO)法という特別法の共謀罪もある。こちらは「組織犯罪にしか適用しない」と、日本の法務省が説明しているのと同様に、当初、マフィアの組織犯罪のみに、と導入された。
 弁護士らでつくる米国の人権擁護団体「憲法上の権利センター」代表マイケル・ラトナー氏は問題点を次のように語る。
 「RICO法の導入時点では、誰もが組織犯罪の摘発のみのためと考えていたが、実際には他の犯罪、人権運動の街頭行動などについても適用されていった」
 なぜ、そうなったのか。この点をラトナー氏は「法律というものは中立な形で書かれているため、政府は導入時点でこう言ったと反論しても、できてしまえばなし崩しに使われてしまうのが実情だ」と説明する。
■愛国者法ではテロ拡大解釈
 そうした法律の独り歩きは共謀罪に限らない。「〇一年の米中枢同時テロの後には、テロリストを対象として愛国者法(反テロ法)ができ、盗聴も裁判所の許可なくできるようになった。しかし、このテロリストの定義も拡大してきた。現在は動物愛護や伐採反対の団体に対し、政府は動物の権利テロ、エコテロリズムなどというレッテルを張り、愛国者法による捜査を実施している」
 日本では共謀罪の導入は先の通常国会を含めて、二回廃案になったが、政府は廃案になった法案をそのまま再提出。一部修正を行うことで、成立させようとの動きも出ている。
 一方、四日には共謀罪導入に反対する日本弁護士連合会(日弁連)主催の国会院内集会も開かれた。参加した野党議員たちは「今回の特別国会の会期は異例に長い四十二日間。与党の“数の暴力”で可決されかねない」「一九九〇年代後半から立て続けに成立した盗聴法、住民基本台帳法改正、個人情報保護法、有事立法などの延長線上にある現代の治安維持法」などと口々に懸念を漏らした。
 共謀罪新設への流れには、消費者団体などの市民団体も危機感を募らせる。
 日本消費者連盟事務局の吉村英二氏は「たとえば、ある企業が販売した商品に問題があり、本社前で抗議のため街頭活動やビラ配りをしても、威力業務妨害の共謀罪に問われかねない。威力業務妨害罪の範囲は必ずしも明確ではないが、共謀罪は実際に犯罪を行っていなくても、犯罪について話し合っただけで摘発対象になるため、消費者問題について話し合うこともできない。つまり、活動できないということだ」と指摘。
■摘発だけでも人生の致命傷
 そのうえで「一般の人にとって怖いのは摘発されることだ。起訴されるかどうかは関係ない。一度でも摘発されれば、その団体は危ないという烙印(らくいん)を押され、個人ならば、その人の人生に致命傷となる。六百もの犯罪が対象で、それについて話をしたことがないという人は恐らく一人もいないはず。誰でも何らかの犯罪に問われるということだ」と話す。
 米国の事情から日本が学ぶべきことは何か。前出の足立教授は「日本も米国と同じ状況になるだろう」と予測する。「RICO法はマフィア対策で導入されたが、実際に摘発されているのは公務員が圧倒的に多く、拡大解釈が横行している。日本でも政府関係者は、適用対象は暴力団などによる国際的な組織犯罪と答弁、運用の問題だから警察を信用してくれ、と言っているが、本当に信用できるのか、と言いたい」
 院内集会に出席した日弁連副会長の中村順英弁護士は、共謀罪を殺虫剤に例えて「ゴキブリがまったくいない空間には(人体に影響の出るような)かなり強力な殺虫剤がまかれている。そうした社会をわれわれは選ぶべきなのか」と、警鐘を鳴らしている。


[1758へのレス] Re: 目の前の「動き」 投稿者:卒業生 投稿日:2005/10/08(Sat) 10:30:08

平成の「大日本帝国憲法」と「治安維持法」をつくる気ですか?

かつて、ある哲人が「21世紀への平和路線」の第一に、
「平和憲法